スマートフォンやノートパソコンなどのエレクトロニクス機器、そして電装化が進む自動車に不可欠な機能性材料の開発・製造・販売を手掛けるデクセリアルズ株式会社。異方性導電膜(ACF)、反射防止フィルム、光学弾性樹脂(SVR)をはじめ、独自の技術力とノウハウを活かした高機能材料を供給し、デジタルテクノロジーの進化を支えています。同社のオプティカルソリューション事業部では、2023年よりマテリアルズ・インフォマティクス(以下MI)導入の検討を開始し、同年にmiHub®を導入していただきました。その背景と今後の展望について、オプティカルソリューション事業部の高田 善郎様にお話を伺いました。
デジタル技術の進化と顧客ニーズの高度化を受け、開発スピード向上が急務に
まずは貴社の事業概要とオプティカルソリューション事業部のご紹介からお願いいたします。
デクセリアルズ株式会社は、1962年の創業(旧ソニーケミカル)以来、60年以上にわたり培ってきた独自の技術力を核に、主に電子デバイスやスマートフォンなどのデジタル製品に必要不可欠な機能性材料を開発・製造・販売している化学メーカーです。電子機器の安全性や視認性向上、高性能化を実現する製品を開発し、世界中のお客様に最適な機能性材料ソリューションを提供しており、中には世界トップシェアの製品もあります。
私が所属するオプティカルソリューション事業部では、ディスプレイや光学デバイスのさらなる高精細化・高精度化に貢献する機能性材料の開発を主軸に、素材だけでなく、光学ソリューションの提供を行っています。
MIの導入を検討したきっかけと背景をお聞かせください。
現代は、様々なデジタルデバイスやデジタル技術が日々急速に進化し、それに伴って新しい製品が次々と市場に投入される変化の激しい時代です。当社のような素材メーカーに対しても開発スピードの向上が強く求められるようになり、材料に要求されるスペックも、より高く、より複雑になってきているのが現状です。高品質かつ独自性のある素材を迅速に提供し続ける必要があり、「従来の開発手法だけでは限界がある」との危機感から、開発プロセスの効率化と脱属人化が急務であると認識していました。
持続可能な社会の実現に貢献していくには、まず私たち自身が持続的に成長可能な経営・ビジネス基盤に変わらなければなりません。そのための重要な施策の一つとして「デジタル化」が位置づけられたのです。当社では2020年に、会社全体のデジタル化、DXを統括するDX推進部を設立し、全社的にDXを推進してきました。従来業務の効率化・脱属人化を進め、より安定したビジネス基盤を構築するためにも、デジタル技術の活用が不可欠である、というのが会社全体の認識です。
私が所属するオプティカルソリューション事業部においても、お客様に選ばれ続けるにはタイムリーな製品提供が不可欠ですが、近年、開発競争は世界的に激化しています。例えば中国などのメーカーは、日本とはまったく異なる工数の考え方で短期間に開発を進めていますし、国内においては働き方改革によって、研究開発にかけられる時間には制約が出てきています。従来の人手と経験に頼る開発方法のままでは高度なニーズに応えられなくなるリスクを強く感じていました。当事業部においても開発効率化は最重要課題の一つであり、開発サイクルの中でもまず実験計画や結果分析といった思考プロセス・デスクワーク領域の効率化に着目しました。この領域を効率化する手段のひとつとしてMI技術が有効と考えて、導入の検討を開始しました。
現場の抵抗感を乗り越え、共通の目標設定と現場目線の支援でMI活用を推進
MI推進に注力されるようになった、個人的な動機や原体験があればお聞かせください。
新卒から10年間、製品開発に情熱を注いできましたが、時間と労力をかけた自信作が必ずしも量産化されるわけではない現実に直面した経験があります。製品開発が本当に好きで、自分自身が開発したものがお客様に喜ばれ、世の中の製品として出ていくことに強い憧れがありました。しかし、日々頭を悩ませても良いものができるとは限らず、良いものができたとしても、コストや競合他社との比較など様々な要因で顧客採用に至らないという現実も経験してきました。
この経験から、次世代の研究者には、「先人たちの過去の経験や失敗をデータ・ノウハウとして若い世代の研究者たちに使ってほしい。同じ失敗を繰り返してほしくない」、「データ管理体制が整った実験室で、研究者ひとりひとりが創造性を存分に発揮してほしい」という強い思いを持つに至りました。
研究開発の効率化・高度化にはデジタルやデータの力が不可欠という認識からAI技術やMIは有効なアプローチと判断し、社内におけるDX推進部設立とDX化の流れにも押され、MI活用の必要性を訴え続けました。その結果、研究開発DXとMI推進を専門とするチームを立ち上げ、そのチームリーダーを務めることになりました。
miHub®導入の決め手を教えてください。
私たちが求めたのは、日々実験を行っている開発者自身が自分の研究を加速させるために気軽に使えるツールでした。その点で、miHub®のシンプルさと分かりやすさは際立っていました。MIツール選定では現場の開発者が使うことを第一に、①配合予測(逆解析の機能を有している)が可能なこと、②専門知識がなくても使いやすいこと、③少ないデータでも始めやすいこと、の3つを重視しました。開発者の主な業務が「目標物性値を満たす組成・プロセス条件を見つける」ことであるため、その実務に近い逆解析の重要度が高いと判断しました。
また、多機能すぎて使いこなせなければ意味がないことから、使う人のスキルレベルや役割に合ったツールを選びたいと考えていました。miHub®は、直感的で分かりやすいUIデザインなので操作に迷う心配がなく、統計学や機械学習の十分な知識がない開発者でも利用しやすいツールであると評価しました。
さらに、少ないデータからでも試行でき、実践的な評価を早期に行いたいという当社のスピード感を重視したニーズにもmiHub®が合致しました。こうした点が、現場の開発者が使うツールとして最適だと判断し、miHub®を用いたPoC(概念実証)に進むことを決定しました。
MI導入の過程で苦労されたことはありましたか。
現場の開発チームにとってAIやデータ活用は未知の領域だったため、当初は抵抗感もありました。加えて、我々推進チームもMI未経験だったため、実際にMIは「魔法の杖」ではなく、AIに何をさせ、どうリアルな実験と結びつけるか、人間側の試行錯誤なくしては成果に繋がらないことを痛感しました。しかし、MIが研究を加速させるポテンシャルは感じており、この試行錯誤に取り組む意義は大きいと考えました。
そこで、まず製品開発チームと共通目標を設定し、MIツールがその達成にどう貢献するかを明確化することで、現場の理解と納得感の醸成に努めました。MIを「手段」と位置づけ、チーム内学習や社内への情報発信も並行して実施し、MI活用の基盤を整えました。
MIのポテンシャルを踏まえつつ、現場の課題に寄り添いながら工夫されてきたのですね。
PoC段階では、テーマ設定や実験工数などPoCに参加するハードルを下げるために、我々推進チームが現場に寄り添ったサポートを心がけました。例えば、「こんなテーマで試してみませんか?」と積極的に声かけをしたり、「まずは既存のデータだけでできる解析から始めてみましょう」と追加実験不要の選択肢を増やしたり、PoCのハードルを下げる具体的な取り組みを実施しました。更に、データ整理やMI解析の設定、PoC結果の報告会開催など、状況に応じてMI推進チームが臨機応変に補助しました。メンバー全員が持つ製品開発経験を活かした現場目線の支援を実践したのです。
この経験から、MIは当然万能ではないが「使いこなせば有効な武器になる」こと、そして「目標を見据えた関係者とのコミュニケーション」こそがMI活用成功の要であると学びました。
PoCの成果と専門家支援により、MI認知度向上とデータ活用意識が浸透
miHub®の導入による成果や社内の変化として実感されるものがあれば教えてください。
PoCでは、具体的な成果と組織の変化を同時に確認できました。まず推進チームが主体となって、過去に開発した製品をmiHub®で再現してみる、いわゆる「確かめ算」のテーマに取り組み、当時は2年かかっていたテーマがなんと2か月で完了でき、開発期間を劇的に短縮することができました。これは直接的な新製品開発に繋がるものではありませんが、MIの仕組みや効果、メリット・デメリットを推進チーム自身が深く理解する上で非常に役立ったと同時に、誰もが利用可能な技術を活用していく必要性があるという競争上の危機感も強く認識しました。この危機感は、単なる焦りではなく、「我々もこの強力なツールをしっかり活用していかなければならない」という前向きな動機付けにも繋がりました。
AIによる配合予測の成功も成果の一つです。AIが提案してくれた配合条件で実際に試作したところ、目標としていた性能を達成できた、という事例も出てきました。それと同時に、データの可視化や分析機能を使ったデータに基づく議論などを通じて、開発者のデータ活用への意識も向上しました。データの中に隠れていた、これまで気づかなかった知見をデータから見出せたのも大きな発見です。特に、実験結果を多角的に可視化することで、これまで経験や勘で判断していた部分について、「データで見るとこういう傾向がある」といった、客観的な根拠に基づいた議論ができるようになったのは大きな進歩です。これらの成果を共有することによって、当初「遠い世界」だったMIへの社内認知度は高まり、「MIといえばmiHub®」と認識されるまでになりました。MIとの距離が縮まった重要なきっかけだと感じています。
プロジェクトを進める中でのMI-6の支援を、どのようにご評価いただいていますか。
MI-6には多岐にわたる支援をいただいており、大変感謝しています。特にプロジェクト初期、専門知識が不足していた我々推進チームにとって、気軽に相談でき、他社事例や専門理論に基づいた的確なアドバイスをいただけたことは極めて有効でした。MI-6のサポートは、我々の考えを理論的に補強し、自信を持ってプロジェクトを推進する上で極めて有効であり、まさに「理論武装」の助けとなりました。迷った際に、私たちのデータや目的に合わせて「こういうアプローチが考えられます」「他社ではこのような使い方で成果が出ています」といった実践的な助言をいただきました。
さらに、直接的な助言のみならず、専門家と協業しているという事実自体が、我々の活動の意義やMIの可能性を間接的に社内に広め、メンバー一人ひとりへの前向きなメッセージとしても作用し、モチベーション向上にも繋がったと感じています。これにより、社内での説明や議論においても、客観的な根拠を持って説明できるようになり、プロジェクトのスムーズな進行に繋がりました。MIという新しい概念を、MI-6の存在によって社内で分かりやすく具体的な形として示すことができ、そのサポートは不可欠でした。
実践的な人材育成とコミュニティ形成で、MI活用の組織的な拡大を目指す
最後に、今後の展望と読者の方に向けてメッセージをお願いします。
今後の挑戦はMI人材育成と社内展開です。miHub®はその推進力となります。複雑な機械学習等の専門知識がなくても、まず実践から始め、必要に応じて知識を深掘りできるため、この「間口の広さ」がMI人材の裾野拡大に効果的だと考えます。
社内展開としては、段階的に影響範囲を広げつつ、推進者を孤立させないような縦横の繋がりでサポートし合えるコミュニティづくりが鍵となります。「困ったときに相談しやすく、自由に取り組める」、そんな自律的に活動が広がる場の構築を目指しています。ただし、組織全体で進めるにはトップダウンとの連携も不可欠であり、現場からの成果提示も重要です。ボトムアップだけで進めていると、どうしても部署の壁や予算の壁など、横方向への広がりに限界が出てきます。そこを突破するには経営層の理解と後押しは欠かせないものであり、両者をうまく組み合わせることが重要です。現場から具体的な成果やメリットを提示し、経営層が横展開を承認しやすいような判断材料を提供していく必要があると考えています。
MIは材料分野に限らず、AI活用の一形態として他分野への応用も可能です。「マテリアルズ」という言葉から材料分野の専門技術と思われがちですが、本質は扱うデータの違いにすぎません。材料以外の分野でも応用できるはずなので、他分野の事例もヒントに、ぜひご自身の領域での応用を考えてみてください。異業種でのAI活用も有効なアイデアになるはずです。新しいことを始めるのは大変ですし、最初の⼀歩を踏み出すのは負担が大きく、ついていけないと感じる方もいるかもしれません。しかし、「乗り遅れた」と感じる必要はありません。むしろ「先人によって道が拓かれた」チャンスと前向きに捉え、皆様の次の一歩に繋がることを期待しています。
高田様ありがとうございました!
※掲載内容は取材当時(2025/4/9)のものです。
SaaS型実験計画プラットフォームmiHub®の詳細は以下から無料でダウンロードが可能です。
miHub®の資料請求はこちら
その他のMIに関するご相談については、下記アドレスまでお気軽にお申し付けください。
MI-6株式会社 事業開発部 bd@mi-6.co.jp