住友ベークライト株式会社は、1955年の創業以来、“プラスチックのパイオニア”として、半導体関連材料、自動車の金属代替部品、医療機器など広範な分野に製品を提供。次々に新しい技術開発を行いながら、日本はもちろん、世界の産業の発展に貢献を続けてきました。
同社の既存事業および新事業に必要なソリューションの活用推進に取り組むコーポレートエンジニアリングセンターでは、2020年に、マテリアルズ・インフォマティクス(以下MI)導入の検討を開始し、2021年にmiHub®︎を導入しました。その背景と今後の展望について、センター長 常務理事 野﨑隆二様、MI推進部 部長 畑尾卓也様、同部主幹 長島大様にお話を伺いました。
コーポレートエンジニアリングセンターの主な役割をお聞かせください。
コーポレートエンジニアリングセンターでは、当社の持続的な発展を支えるため、人・物・品質の安全と利益を確保することを使命としています。そのために、社会・市場・顧客ニーズを把握し、そこで得た知識やノウハウ、事実をベースとしたメカニズムを解明することで、既存事業だけでなく新規事業にも必要なソリューションを提供しています。各所で発生する課題を解明し、改善に取り組む役割を担っているといえます。
当社における人生産性の向上を目指したものづくりDXの取り組みに関しても、当センターが主導して推進してきました。背景には、少子化による生産年齢人口の減少に伴い、ものづくり現場における人手不足が深刻化しているという課題があります。また、熟練技術者の高齢化が進むなか、技術、経験、ノウハウを伝承するとともにICTを活用し、これらを資産として残していくことも急務となっています。こうしたデジタル技術の活用により業務変革を進めることが喫緊の課題であるため、私たちはいち早く、全社的な製造DXを推進してきました。
いわゆる横串を刺す、全社横断的な部門なのですね。
そうですね。当社には大きく分けて、半導体関連材料、高機能プラスチック、クオリティオブライフ関連製品の3つの事業領域があります。製造拠点も開発拠点も分散していますが、基盤となるプロセス技術、評価技術、製造技術は共通項が多くあります。これらの基盤技術を集約して技術開発し、各研究・製造部門の課題解決を行う部門が当部門となります。
経営層は投資対効果を求めず、中長期的視点を重視
miHub®の導入背景をお聞かせください。
元々、私は別の部署でシミュレーション評価を担当していました。しかし、単にシミュレーションを行うだけでは十分でなく、どのようなメカニズムで事象が発生し、どの材料が最適かを理解する必要があると感じていました。実験データをしっかり確認し、原因を突き止めたうえで材料を選定する必要があったため、その過程でMIの必要性を強く感じるようになりました。
シミュレーション通りに材料開発が進めば理想的ですが、現実空間ではそう簡単にはいかず、歯がゆさを感じていました。しかし、データサイエンスを活用すれば、「こうかもしれない」と止まっていた部分が、「こうすればうまくいく」ということが判断できるようになり、より高い精度で成果にコミットできるのではないかと考えました。MIは、材料開発の精度を高め、効率を向上させるための有意義な技術であると認識し、注目していました。
経営層は、生産現場での不具合部品の原因をAIで分析し、その結果に基づいて適切な材料を選定できるようにする理想像を描いていました。そこに畑尾や長島を中心とした研究現場へのMI導入提案がうまくかみ合った、という感覚です。ですので、経営層も導入当初からMIに対して一定の理解を持っていました。
また、製造DXからの地続きで、研究開発DXに軸足が移っていったという背景もあります。国内基幹工場の主力生産ラインで、デジタル化による生産効率20%向上を実現しました。ただ、ものづくりは生産現場からスタートするわけではなく、研究開発からスタートしますので研究開発段階から業務変革にチャレンジして、ものづくりのさらなる効率化を図る必要がありました。
製品開発能力を向上させることを目標に定め、そのためには従来の開発方式に加え、データ駆動型開発方式を取り入れる必要があると考えました。
MIの場合、製造DXに比べて、投資対効果の評価基準設定が難しいように思います。MI導入に際して、経営陣の反応や視点について教えてください。
提案当初から経営層は、投資対効果を厳密に求めるのではなく、中長期的な視点でデータ駆動型の開発体制を確立することを目標に取り組むことを支持してもらえました。
提案時には「MIとはこういうものです」とイチから説明する必要がなく、むしろ「やはり必要だよね」という共通認識が初めから形成されていました。
当社の経営層は、日本の産業や化学業界がいま必要なことを常にキャッチアップしていると感じています。そのなかで、MIが不可欠であるという認識が既にあり、上申もスムーズに進んだのではないかと感じています。
当社の未来をしっかりと見据えたうえで、今後の競争力を維持・向上させるためにMIという技術が必要だと確信できたことが、MI導入に踏み切ることができたのではないでしょうか。
広く研究者が使えるツールこそ、データ駆動型開発の推進に不可欠
miHub®選定に至った経緯と理由を教えてください。
当社のMI推進戦略における一つの重要方策として、MIを研究開発の現場に浸透させることを掲げていたため、「研究者が実務で使えるMIツール」であることが選定のポイントでした。一部の研究者のみがMI技術に精通するのではなく、製品開発に携わる多くの研究者がデータ駆動での製品開発を実践している状態をあるべき姿と設定していたためです。
MI技術の実践の基礎となる統計理論やプログラミングは習得ハードルの高さが課題ですが、導入検討プロセスにおいて、MI-6の担当者からはソフトウェアの説明だけではなくMI学習セッションを設けてもらい、MIに関する概論からmiHub®︎の各論まで理解を深めることができました。その時に、すべての条件を満たせると感じました。
比較検討はされたのですか?
そうですね。もっと汎用的なツールや、自分たちでプログラミングを学習して開発するという選択も検討しました。しかし、後者では時間がかかりますし、汎用的なツールでは我々の条件を満たすことが難しいと感じました。やはり、miHub®︎への期待は大きかったですね。
さらに、何をどのようにしたらいいのか明確でない我々からすれば、MI-6というMIのプロ集団からのしっかりとしたサポートは非常に心強く、魅力的でした。
ワーキンググループからMI専門部署へ発展
miHub®選定当初は、現在のMI推進部ではなく、ワーキンググループだったと伺いました。
MI技術の有効性および全社および各研究所における適切なMI技術・推進方策の見定めを目的として当社内各研究所の有志メンバーからなるワーキンググループとしての活動を開始しました。
その後、ワーキンググループはプロジェクトチームへと発展しました。プロジェクトチームでは、MIを社内に根付かせることを目的として、研究開発データ基盤の内製開発に着手しました。ワーキンググループがプロジェクトチームへと進化した背景には、MIの有用性を示せたこと、そして恒常的なデータの蓄積体制がなければ前に進めないと理解したことがありました。しかし、データを蓄積する仕組みだけでは不十分なので、データ活用による成果の創出、そして長期的には専門人材の育成という3本柱の方針を掲げて、取り組みを進めました。
2年間かけてデータ基盤を整備し、今年度からそのデータ蓄積の仕組みを各研究所で活用できる段階に達したため、プロジェクトチームは閉じられ、新たにMI推進部が設立されました。各研究所が自律的に進めるDXの継続支援に加え、より高度なMI技術の導入と実践を進める役割を担うことになりました。
ワーキンググループとして活動している際に、最も苦労された部分はどういったところでしょうか。
MI推進目的がぶれることがないよう、各研究所担当者が「我々の研究・開発におけるあるべき姿はこれだ」というビジョンを確立していただく必要があると考え、活動スタートの際、方針や状況が異なるそれぞれの研究所との合意形成に苦心しました。
MI推進者には、データサイエンスの知識に加え、プロジェクトマネジメントスキルも求められると感じました。これらがなければ、開発現場へのMIの浸透は難しいと思います。横串組織として各研究所と経営層を繋ぎ、合意形成を進める役割を担っているため、プロジェクトマネージャーによるトップとボトムを繋げる機能が重要です。
明確な成果を実感できないまま社内浸透を推進していくには、非常にご苦労もあったのではと思いますが。
多くのステークホルダーを巻き込んでいくには、大小限らず成果事例を提示していく必要があります。miHub®︎はデータが少ない状況でも“どうするべきか”を提示してくれるソフトなので、取り組みやすかったのは確かです。ただしネックとしては、ダイレクトに業務変革を求めるソフトなので、従来の実験計画プロセスを変えていく柔軟性がないと取り入れることが難しい部分もあります。これは、miHub®︎に限らず、MIを導入するうえで避けては通れない重要な論点です。
研究者の多くは、知識や経験に基づく考察や実験条件の考案に自分なりのやり方を持っています。そのため、新しい手法を導入する際には、MIを取り入れる価値を丁寧に説明し、理解を深めてもらうことが重要でした。実際、実験計画に対する教育が十分でないため、必ずしも効率が良いわけではない実験が行われているケースもありました。しかし、データに基づいた説明をすることで理解を得られたので、従来の実験計画プロセスを変えること自体が大きな障壁にはなりませんでした。
miHub®により、手戻りが多かった複数特性の調整を大幅に効率化
miHub®を導入して、どのような効果がありましたか?
当社は樹脂複合材料を多く手掛けております。初期スクリーニング、トレードオフの特性の最適化検討、そして試作検討と研究開発プロセスの各ステップでmiHub®︎を活用した成果を挙げることができました。各ステップで得られた具体的な成果について3点ご紹介したいと思います。
1点目は初期スクリーニングでの成果です。実験候補を96水準から26水準に絞り込み、開発工数を半分に削減できました。具体的には420時間の工数削減に繋がりました。経験や知見だけでなく、miHub®の解析結果、すなわちデータに基づく判断を加えることで同様の絞り込みが様々な研究テーマで実践できました。
2点目はトレードオフの関係にある複数特性の最適化検討での事例です。特にベイズ最適化に基づく検討を進めることで効率的な開発を進めることができました。トレードオフの特性に対して最適であると研究者が納得できる性能を見出すことができました。
3点目は試作検討での事例です。試作水準を絞り込み、試作実施回数を8回から2回に低減することができました。その結果、試作時間、サンプル評価工数ともに、大幅に削減することができました。試作検討までに得た研究データを、これまで以上に有効に活用できたと考えています。
よくある一元配置での実験や単独の特性ごとの条件調整では、複数特性の調整における手戻りが少なからず発生し、結果的に開発全体が遅延することが少なくありませんでした。材料向け多目的ベイズ最適化ソフトのmiHub®︎の導入により、このプロセスが大幅に効率化され、開発期間の短縮が実現しました。こうした具体的な成果を通じて、MIを活用することで「これまでにできなかったことが可能になる」という空気感を醸成できたことは、定性的な成果として非常に意義がありました。
製品のライフサイクルが短くなっている現状において、この期間短縮の成果は特にインパクトが大きかったと感じています。海外の材料メーカーも力をつけるなかで、迅速に開発を進める必要性を強く認識しています。
現在MI導入に挑戦されている他社様のなかには、一つの研究所から他の研究所に広げる段階で苦労されているところもいらっしゃいます。御社の場合、早い段階から多くの方を巻き込んでいる印象ですが、どのような意図があったのでしょうか。
プロジェクトチームの段階では、全社横断型で最初から巻き込む研究所を広げるべきか、それとも特定の部門に絞って集中的に進めるべきか迷いがありました。しかし、最終的に全研究所にも関わる内容であったため、全社横断型で広げることにしました。その結果、情報共有が迅速化できたことと、拠点同士で自然に切磋琢磨する状況を作り出せたことが成功要因だったと振り返っています。
特定の部門に絞って集中的に進める方法が横展開においてうまくいかない理由は、無限に違いを主張できる点にあると思います。「うちの研究所は他と材料が違うから」「他社とは製品が異なるから」「研究プロセスが違うから」と、やらない理由を探してしまいがちです。しかし、他社に先んじるためには、“やらない理由”ではなく“やる理由”を見つける必要があります。苦労もありましたが、やはり今では全社横断型が最適な選択肢だったと考えています。
多くの研究者が自律的にMIを使っていける姿を目指して
MI-6のサポート体制について、どのようなことが印象に残っていますか。
機械学習には詳しいが、材料開発における応用については自社内で対応する必要がある汎用データ分析ソフトウェア提供企業が一般的であるなか、MI-6の皆様はMIそのもの(データ科学と材料の双方)に深い理解を持っていたことは非常に心強かったですね。また、社内の講演会や教育活動にも協力してもらい、“MIは当たり前に使う技術だ”という情報の展開をサポートしてくれたことも、とてもありがたかったです。
直接のサポートというわけではないのですが、MI-6はデータサイエンティストを抱えて実際にMIを使いながら顧客と共同開発しつつ、得たナレッジをmiHub®︎開発に活かしているという話を聞きました。また、自律実験のためのロボティクス技術などMIの未来を見据えた取り組みを自ら進めているという姿勢にも、期待と安心の両方を感じました。
私は直接、担当者とやりとりをしていませんでしたが、畑尾と長島がMI-6に対して厚い信頼を寄せていたおかげで、私も決裁がしやすかったのは確かです。
今後、どのようにmiHub®︎を活用していきたいと考えていますか。
miHub®︎は、統計学やプログラミングを必ずしも高いレベルまで学ばずとも効率的な開発を行えるツールです。これまでのデータ分析検討では、研究者がデータ解析者とのコミュニケーションに多くの時間を割いて検討を進める必要がありましたが、miHub®︎を導入することで、ベイズ最適化が適した検討においては研究者が直接解析できるようになりました。現在も各研究所で活用していますが、今後はさらに多くの研究者が当たり前のように使うツールになればと考えています。適正なすみ分けが確立することで、それぞれの研究所では持続的な成果創出に繋がり、当部においては障壁の高い課題を解決するためのより高度な技術の導入に専念できるようにと期待しています。
MI推進部としては、新しい技術の導入と社内での実践を推進するとともに、各研究所に広げたMIを維持し、体制を盤石にしていくことにも注力する必要があります。MI-6には、先進的なMI技術のキャッチアップ、および各組織の盤石化を引き続きサポートしてもらいたいです。そして、研究者が当たり前のようにデータ分析技術を使える環境を目指したいと考えています。
miHub®︎を使用して成果を出していくには、MI推進部が率先して活動を続けていく必要があります。また、全社的にはデータサイエンティストや、その上のシニアデータサイエンティストを増やし、各研究所に配置するという計画もあります。こうした取り組みのなかで、miHub®︎をはじめとした成果が顕著に表れ、研究に貢献してきた事例を増やし、「もっとやれるんだ!」という機運を醸成することで、推進力を一層強化していきたいです。
野﨑様、畑尾様、長島様ありがとうございました!
※掲載内容は取材当時(2024/8/9)のものです。
住友ベークライト様が成果を出すために利用したSaaS型実験計画プラットフォームmiHub®の詳細は以下から無料でダウンロードが可能です。
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