MI-6株式会社では、マテリアルズ・インフォマティクスに特化したカンファレンス「MI Conf 2024 - Materials Informatics Conference -」(以下、MI conf 2024)を2024年9月30日に開催いたしました。

本記事では、MI conf 2024より、旭化成株式会社河野氏の講演内容の一部を抜粋してご紹介いたします。

河野 禎市郎さんのプロフィール写真

河野 禎市郎

Teiichiro Kono

旭化成株式会社研究開発本部 イノベーション戦略総部 上席理事

1989年 東京工業大学(現:東京科学大学) 化学科卒業、旭化成工業株式会社入社。セラミックスの研究開発に従事したのち、各種素材、半導体、電池などの分析、シミュレーションを担当。1997年よりペンシルバニア州立大学にて、最先端の質量分析法の研究に従事。時間・空間・化学構造に関する膨大な情報を含む巨大なデータの解析をきっかけに、多変量解析や機械学習に取り組む。以降、材料開発におけるデータ駆動・帰納的手法の強化に取り組み、2017年よりMIの普及拡大に着手。2019年よりインフォマティクス推進センターを設立、R&DのDXに取り組む。2023/10より、DXで形式知化されたノウハウを含めた技術無形資産の収益化を目指し、テクノロジーバリュー事業開発Pjをスタート。

はじめに

旭化成株式会社(以下、「旭化成」と略記)では、2016年よりR&DテーマへのMI適用をスタートし、2019年にはインフォマティクス推進センターを発足されました。その後も活動を継続し、現在はDX推進を全社的に展開しています。

本講演では、2016年のR&D DX取り組み初期からオーナーシップを取られた河野氏から、旭化成でのMI推進活動とR&D DXに向けた展望についてお話しいただきました。

旭化成とそのコア技術とR&D

旭化成にはマテリアル/住宅/ヘルスケアの3つの事業領域があり、コア技術の分野は非常に多岐に渡ります。MIについても幅広い領域をカバーする必要がありますが、各分野ごとにアプローチが大きく異なることから、紆余曲折しながら全社展開を進めてこられたとのことです。

旭化成におけるMIの取り組みの経緯

最初の取り組みは、1999年、基盤技術研究所にて、多変量解析や機械学習の積極的活用を開始したところから始まります。当時海外留学の機会があり、最先端の設備で大量のデータを扱う必要があったことから、多変量解析や機械学習を積極的に活用する必要性が生じました。

その後、2005年から「帰納的手法」強化タスクフォースを進める中で、マテリアルズ・ゲノム・イニシアチブ(米国、2011年)に関するニュースが広がりました。上層部は「破壊的なイノベーションが、大きく競争環境を変えていく」と認識し、2016年にMIのPoCをスタート、2017年にMI推進部を発足して本格展開することになりました。

R&D DXに向けた取り組みと展望

MI導入期(2016年〜)

取り組み初期は、データが整理されている分野は少ない状況でしたが、例えば樹脂コンパウンドや触媒のような、比較的データ整理(構造化)がシンプルな分野から始めることで、成功事例を創出し、前向きに取り組む人を増やしてきました。

樹脂コンパウンドの事例では、従来、熟練技術者が半年〜年単位で行っていた配合設計を、著しく短縮することができました。これは、開発コストの削減だけでなく、「顧客要求への迅速対応により、ビジネス機会を確実に獲得できる」という観点でも、インパクトが大きいものでした。

また、触媒では、選択率や活性が1%向上するだけでも、生産コストの削減効果が大きいため、複雑な系で長年研究しています。その中で、技術者が従来想定していなかった新規組成領域で、最高性能を実現することができました。これは、R&Dにとって非常に大きなインパクトを有しており、他分野への展開する上でも重要な事例となりました。

成果が見えた一方で、MI推進部が受託してデータ解析していたことから、「現場でデータをどう捉えているのか見えづらい」、「取得できていないが有効なデータがある」など、データに関する重要な課題が浮き彫りになってきました。

MI展開期(2018年〜)

MI導入期の課題を踏まえて、2018年に、研究者・技術者が自らMIを担う方針に転換し、全社への展開を計画しました。特に、情報資産化と人材育成に注力を始めました。

情報資産化については、デジタルプラットフォーム(DPF)を構築し、研究所ごとに様々なパターンで、収集・統合蓄積・可用化・活用できるような仕組みを整えました。併せて、現場の体制作り(運用ルール・オペレーション)も整備しました。

人材育成については、上述した「化学・材料とデジタルの両方が分かる人材が必要」という方針転換のもと、上級・中級・初級人材の人数目標を立てて進めました。紆余曲折がありましたが、最終的にはR&D業務の特性を考慮し、Pythonを採用しました。また、下記3点が重要と捉えていました。

  • 全従業員がどこからでも容易に利用可能な環境を整えること
  • 実際の業務課題を題材にすること
  • 密なサポート体制を組むこと

また、風土の醸成については、MI人材が核となったコミュニティ活動により、アメーバ的に広がるエコシステムができたことで、加速しています。

R&D変革期(2020年〜)・革新期(2022年〜)

R&D DXのビジョンを描く中で、例えば「スマートラボ」による革新製品の開発に取り組んでいます。スマートラボでは、下記の技術などを使用します。

  • MI
  • 材料シミュレーション(例:ニューラルネットワークポテンシャル(NNP)を活用)
  • High Throughput Synthesis(HTS)
  • High Throughput Analysis and Evaluation(HTA)
  • デジタルプラットフォーム(DPF)

MIも含め、これらを総合的に組み合わせることで、圧倒的競争力を有する「革新製品」の開発に繋げることが、スマートラボの今後目指すべき姿の一つと考えています。

また、R&Dのデータだけでなく、マーケット・営業・コストなどのデータと繋げることで、全体最適やデータマイニング・予測・知識抽出など、業務プロセスの革新やビジネスモデルの変革に繋げる取り組みも進めています(DEEP:旭化成グループデータ連携基盤)。

今後の展望とまとめ

現在は、社外の方との共創型MIの取り組みをスタートしています。旭化成では当初、R&D DXについてサイバー空間での活動を増やすことを想定していましたが、現在では、社外も含めて共創する風土を作りあげ、人がより付加価値の高い仕事に注力して知識を増やす、これによりAI・MIも人と一緒に賢くなる、そして指数関数的かつ持続的な技術力強化につなげ、事業の劇的な競争力強化、ビジネスモデルの創出につなげていく、このサイクルがR&D DXの本質だと捉えているとのことです。そのためには、このような議論をする文化が非常に重要だと考え、そのためのコミュニティを広げる取り組みを進めています。河野氏からは、「MI Conferenceの参加者ともぜひ協業ができたら」と、最後に語りかけていただきました。

編集部メッセージ

本記事で取り上げた内容は、旭化成株式会社の河野氏が長年にわたりMI推進とR&D DXの実現に取り組み、試行錯誤を重ねながら築き上げてこられた貴重な知見に基づいています。MIという新たな領域において、常に先駆者として挑戦を続けてこられたその姿勢、そして課題解決の過程で得られた深い洞察を共有してくださったことに、深く感謝申し上げます。
河野氏の講演は、MI推進に携わる現場の研究者や技術者、さらには経営層に至るまで、幅広い立場の参加者に多くの示唆を与えるものでした。データ駆動型の研究文化を定着させ、R&D DXを全社規模で推進するためには、長期的な視点で経営層との連携を強化し、スケーラブルかつ継続可能な仕組みを構築することが鍵であるというメッセージが、多くの参加者に共感を与えたことでしょう。こうした取り組みが、旭化成様全体の競争力を向上させるだけでなく、業界全体に広がる波及効果をもたらすことを期待しています。
また、講演で触れられた課題や未来への展望については、参加者一人ひとりがそれぞれの環境に適した答えを模索する必要があるものと考えます。miLabとしては、こうした知見の共有を通じて、皆様の取り組みを後押しし、より良い解を見出すためのサポートをしていきたいと考えております。
MI Conf 2024において河野氏が共有された知見が、これからMIやR&D DXに取り組む企業にとって有益な指標となることを願うとともに、河野氏の今後のさらなるご活躍を心よりお祈り申し上げます。