大塚化学株式会社は、1950年の創立以来、化学事業で地球環境と豊かな暮らしに貢献する会社を目指し、幅広いニーズに応えた素材や部材を、自動車、電気・電子機器、住宅、医療関連の幅広い分野に提供し続けています。
同社は2020年に、マテリアルズ・インフォマティクス(以下MI)を自社に取り入れるため、MI準備室を立ち上げ、同年末にmiHub®を導入されました。その背景と今後の展望について、MI推進室室長の大薗様にお話を伺いました。
MI導入の経緯について
化学産業に訪れる急激な市場環境の変化
大薗様の担当と主な役割をお聞かせください。
私はIT企画部のMI推進室に所属しています。部署の名前にもある通り、マテリアルズ・インフォマティクスを推進するという部署になります。部署の役割は大きく分けて二つありまして、MIによる新商品上市の加速と、既存製品の競争力強化を支援する部署となっております。
導入前はどのような課題を感じていたのでしょうか?
まず当時の社内課題をお話する前に、業界全体における時代の変化についてお話させてください。ご承知の通り、近年はVUCAという言葉に表せられるように非常に変化の激しい時代となっており、最終製品のニーズも多様化してきています。それに伴い、我々素材メーカーに求められるニーズも非常に多様化していると感じています。
それと同時に、プロダクトライフサイクルも短縮傾向にありますので、お客様から半年以内の課題解決提案を要求されるなど、素材開発期間もとても短くなってきております。これまでは、思うような物性値が出ずとも3年4年我慢して共同開発を進めていただける企業様も多かったですが、市場が求めている素材をよりスピーディーに提案していく必要がある状況に変わってきています。
また、単に性能だけ求めていくだけでは今の世の中で受け入れられないこともあり、SDGsやカーボンニュートラルなど、地球環境や適正なサプライチェーンの構築なども加味しながら新製品を上市しなければいけないということも研究開発の難易度を上げる要因となっております。
それに追い打ちをかけるように、中国を筆頭とする新興国のプレイヤーも増えてきていて、人海戦術を得意とする彼らはその圧倒的な人数により、物性値を満たす製品をスピーディーに世に輩出していきます。打率が低くても打数が多ければいつかホームランが出るのと同じように、数の力による製品開発も進められており、グローバルでの開発競争激化に繋がっています。
これらの複合的要因による業界環境の変化によって、従来よりも開発の難易度は劇的に上昇していると痛感しています。この変化はどの化学素材メーカーも苦労している部分ではないかと思います。
勘と経験に依存した研究開発体制からの脱却
そういった業界変化の中で、自社の中ではどんな課題があったのでしょうか?
前述した通り、ここ数年で開発の難易度は非常に上がっていますが、弊社の研究開発プロセス自体は旧来のままとなっており、担当する研究員の知識、経験、勘に依存した研究開発が大部分で行われているという状況でした。
良くも悪くも過去の成功体験に縛られるため、解析空間の中で限定的な範囲でしか材料開発ができない。局所的な最適化がテーマにうまく適合すればスピーディーに開発も進みますが、知識、経験、勘の範囲外に解があると、3年4年やっても求める物性値に至らない、というケースもあります。
また、新規材料開発の難易度が高くなる一方で、外部環境の変化による原料高騰や工場老朽化などの課題についても同時に対策を講じなければなりません。したがって、新製品開発と並行して既存事業の競争力強化による収益源の確保も進めなければならず、基礎研究領域に割く人的なリソース確保が課題となっている状況です。研究開発の成功率の属人化、基礎研究領域の人的リソースの確保、この2点が大きな課題だと感じていました。
miHub®導入の背景と具体的な活用方法
miHub®でMI開発体制を構築
miHub®の導入背景をお聞かせください。
従来型の研究開発体制で顧客の求める材料を短期間に提供することは難しくなってきているので、新たな研究開発のアプローチを行える体制の構築が急務だと考え、近年注目を集めているMIによる研究開発効率化の検証に着手しました。しかしながら、検証当時、部署内にMI専門のデータサイエンティストもいなかったので、MIの検証や体制構築にはMIベンダーの高い解析技術力に頼る必要がありました。
基礎研究領域の開発加速のために、特に実験条件最適化のソフトウェアを探したのですが、どのソフトウェアも一つの目的変数の最適解を求めるものだけでした。
弊社の顧客からは、三つ、四つ、五つといった、複数の物性値を同時に満たす材料を開発してほしいという案件が非常に多いです。したがって、一つの物性だけが突出して優れた材料では顧客の課題解決にはつながらず、複数の物性を全体バランスよく発現する材料開発が必要であり、複数の目的変数を同時に最適化できるツールをずっと探していました。その機能を有しているのが御社のmiHub®だったので導入を決めました。
また、導入前のサポートだけでなく、導入後も解析テーマに対して定期的にミーティングを実施し、高度な解析技術と豊富な解析ノウハウに基づくアドバイスをいただけるという手厚いサポートがあるとの提案を受けたので、安心して導入を決めることができました。
miHub®の具体的な利用ステップ
miHub®の具体的な活用方法について教えてください。
素材開発は課題ありきなので、まずは課題の合意形成から始まります。顧客はどのような素材を求めていて、どのような技術課題を解決したいのかを、担当研究員から情報提供してもらい、目指すべきゴールを共有化します。
次にドメイン知識をデータサイエンティスト側が吸収するというステップを踏みます。研究員が課題解決に向けてどのような仮説を考えているのか、またそれに関わる過去の知見やドメイン特有の制約条件などを、データセットを一緒に確認しながら共有してもらいます。これにより、担当研究員とデータサイエンティストの間で共通言語を作ることができるので、お互いが納得するデータ解析プランを策定することが可能となります。このプロセスは、プロジェクトの成功確率の飛躍的向上につながる重要なステップだと考えています。
データ解析プランの合意形成後、実際に解析を行うプロセスに移行しますが、miHub®にデータを入れ、単に「こんな結果になりました」という報告ではなく、なぜこの条件が推奨されているのか、といった理由もデータサイエンティスト側でできる範囲で考察し、研究員が保有する知見・経験・勘とMI視点で得られる知見を融合させた上で、両者とも納得した条件を実際に評価していきます。
この「推奨条件提案-評価」のサイクルを複数回行うことで、目的とする物性値を達成する材料を探索していきます。
(miHub®を活用するまでの流れ)
miHub®導入後に得られた効果と社内の変化
開発工数が約半分。大幅な工数改善に貢献
miHub®を導入してどんな効果がありましたか?
二つの視点で大きな効果があったと思っています。まず一つ、データ分析を行う人間の視点でいうと、提案できる内容の質とスピードがかなり上がったと感じています。非常に使いやすいソフトになっていますし、アウトプットも整理しやすいので、担当研究員に提案するまでの期間を大幅に短縮できるようになりました。
情報を受け取る研究員の視点でいえば、従来評価してこなかった条件が推奨され、「え、ここを取るの?」と研究者の本音が出てしまうような知識、経験、勘に基づかない新たな切り口が推奨されるため、研究員のバイアスを取り除くことに非常に貢献いただいています。
実際に評価して結果が良かったときに、「なるほど、こういう事が起きて、この領域でも物性がでるのか」と、新しい知見やそれに基づく新たな仮説を考えるきっかけを獲得できるケースが多いので、ポジティブな要素が非常に大きいと感じています。
定量的な成果は企業秘密のため開示できないですが、感触的にはおおよそ半分ぐらいの期間で、材料開発に成功した事例もあります。また、その際には解析空間での俯瞰的な解析により不要な実験の抑制もできており、開発工数の大幅改善に貢献できたとも実感しています。
継続サイクル的運用によって更に工数を半分へ
開発期間の短縮化には既に大きく貢献をいただいていますが、実はこれには興味深い続編の解析があります。昨年miHub®を用いて顧客ニーズを満たす材料開発に成功した後、基本的な材料構成および目標物性の種類は同じで、物性の目標値だけが異なる新たな開発案件が発生しました。使用する材料および物性の種類は同じなので、データセットを引き継いだまま解析可能な案件となっており、これが驚くほど速く成果に繋がっています。
前回は「推奨条件提案-実評価」のサイクルを7サイクル行ったところで目標を達成する材料に辿り着きましたが、新たな案件は前回のデータを活用しているおかげで、2サイクル目にはもう既に目標の物性を達成する材料の発見ができています。恐ろしく早いです。
前回のmiHub®利用でも、従来の半分ほどの工数で新規材料発見に到達できましたが、今回の案件では、おそらく4分の1ほどの工数で達成できる見込みです。この事例のように、継続的にデータ解析を行うことで、miHub®による開発工数の削減効果はより強力なものになると感じています。
否定的だった研究者も前のめりに
組織内ではどのような変化が訪れていますか?
ポジティブな面はお話した通りです。最近も研究者からの引き合いは多く、まだMI未実施の研究者に関しては「miHub®を使って実験してみたい、やってみたい」、という声が出てきていますし、既にMIの旨味を知った研究者からは、「次のテーマもやってほしい」とお声がけいただいて、非常にポジティブな反響をいただいています。
とはいえ課題は存在していて、どういうデータを準備したらいいのかわからない・データ整備が大変、との声も届いているので、MIだけでなく、研究開発部門のデジタル化も含めて解決していきたいと思っています。
ネガティブな反響でいうと、ポジティブな声が大きいが故に「MI使ったら成果が出る」と、MIを魔法の杖のように捉えてしまうケースもあり、ドメイン知識共有も協力体制もないまま丸投げされてしまうこともあります。
これまで様々な研究開発テーマでデータ解析を実施してきましたが、課題解決につながったケースは一部であり、全ての解析案件で目標を達成しているわけではありません。成果に繋がらなかった解析については、なぜそうなったのかをしっかりと振り返った上で、成功につながるための勝ちパターンを見つけていかないといけない、と考えています。
MI活用における今後の展望について
手厚いサポートの中でしっかり成果を出せるのが継続する理由
miHub®を継続して使う理由はなんでしょうか?
まず、機能的側面としてはシンプルに、多目的変数の解析ができるのがmiHub®だからです。社内で実績がついてきたところも大きな継続要因になっていますね。
また、ユーザー側の意見や困りごとをしっかりと汲み取った上で、解析結果を一緒に考察していただけたり、ユーザー側の視点に立ったアップデートを実行していただけるサポートの強さが、安心して継続利用できる理由です。
あとは何度もお伝えしていますが、研究者のバイアスを取り除いて実験計画を立案できることは非常に効果的だと感じています。実際の案件で最終的に選抜された条件については、研究者から「今までだったら絶対に検討していない条件でした」とコメントを頂いていて、データから導き出された推奨結果から最良の物性値を見つけ出せ、かつ実験回数も短縮されたことは非常に価値があります。
企業戦略としてデータを有効活用する
今後大薗様がMIで取り組んでいきたいこととは?
MIを使いこなすことがゴールではなく、弊社の企業理念にもある「世界の人々の暮らしを豊かにする独創的な材料を創出し続けること」が目的なので、それを永続的に実現し続けるためにも、自社の研究員たちがよりクリエイティブに研究活動をできるように支援していきたいと思っています。
そのためには社内に存在するデータをくまなく抽出し、企業戦略としてデータを有効活用できるよう環境を整えていく必要があると考えています。それにより集約されたデータを余すことなく結合させ、解析して新たな知見を創出することは、今後も継続して取り組んでいきます。その一方で、社内のデータだけではいずれ限界がやってくると考えていますので、同時に社外のデータをどうやって取り込んでいくかも考えなければいけないと思っています。
データのエコシステム形成で産業を牽引
社外のデータっていうと、例えばどういうものになるんでしょうか?
社外のデータとは一般的には公開されているデータベースです。分子情報、特許、論文などから自身の研究開発に使えるデータを活用してくという事例は非常に多く報告されていると思います。その中でも私自身が今最もやりたいと思っているのは、お客様も含めたサプライチェーン全体で実験・開発・マーケティング等のデータを共有することです。すなわちデータのエコシステムを作ることですね。
例えば、弊社で新規に開発した化合物の物性値は当然弊社が保有します。お客様は弊社の新規開発材を使った各種評価をしていただき、お客様がその測定結果を保有されています。この、お客様での測定データと、弊社の新規開発材の物性値とを紐付けてデータ解析することで、お客様が達成すべき目標値をより効率よく達成することが可能になるのではないかと考えています。
現実的には企業間でデータを共有することははるかに難しく、越えなければならないハードルがいくつもあることは理解していますが、いつか実現したい目標として捉えています。
どこまで実用性のある話かは分かりませんが、企業間のデータ連携を行いデータのエコシステムを作ることは、リーディングインダストリーである日本の素材産業を、さらに確固たる位置づけに変えるひとつの方法なのではないかと思っているので、社内外の方と連携して推進していきたいと考えています。
MI活用組織を作っていくために必要な事とは
成果を求めない方針が、優れた成果を生む
最後に、これからMI組織を作っていきたい方へアドバイスを
むしろ私達もまだまだ教えて下さいという感覚なので偉そうなことは言えませんが、2年ほどMIに取り組んできて感じたことなどをお話させていただきます。
MI推進室は元々MI準備室という部署から活動を開始しましたが、MI準備室には「成果を求めない」という方針がありました。これは取り組む立場としては非常にありがたかったですね。
部署に人材をアサインするともちろん人件費が発生しますし、経費も発生します。予算を計上する以上、材料開発期間を短縮したとか、コストダウンになるような提案をしたとか、そういった具体的な成果を求められることは当然だと思います。
しかしながら、MI準備室を立ち上げてくれた役員から、「成果は求めない代わりに、MIが技術的に有用そうか、自社にはまりそうか、はまるのであればどうやったら実用化できるのか、というところを徹底的に考え抜いてくれ」とミッションをいただき、その解を得ることだけに集中して取り組むことができました。
トップダウンでこういった枠組みが作られることは非常に良い方針になっていたので、まずは成果を求めないで探求させる方針づくりは欠かせないのではないかと思います。
計算者と研究者のドメイン共有は欠かせない
実務面で言えば、ドメイン知識の共有が一番重要ではないかと思います。どんなパラメーターを説明変数にするのかを、ドメイン知識を吸収していく過程で、データセットを一緒に作り上げていく、これが失敗を避けるカギになるかと思います。
最初に受け取ったデータセットを何も考えずに解析しても最適解を得ることはほぼありません。複数回の「推奨条件提案-実評価」のサイクルを回す過程では、様々な工夫や、新たな仮説構築が重要となります。ドメイン知識の共有がなければ、ただの数字遊びにしかなりませんし、情報を受け取った担当研究員も改善の方向性を見出せないので、このような進め方のプロジェクトはまず間違いなく頓挫します。
ドメイン知識をしっかりと共有してもらった上で、「提供してもらった説明変数のうち、このXの1番と2番、掛け算にしてパラメーターにしたら、精度良くなった」というような解析上の工夫や、「推奨条件の傾向が現在の仮説と矛盾しているがなぜか?」という議論は必須だと感じています。
異なる変数を提案するのはドメイン知識を持っていないとできないことなので、共通言語を持てるまで徹底的にその分野を理解していくことをやるのが良いかと思います。こういう協力体制ができあがると成功確率はぐっと上がるので、ドメイン知識の共有は非常に大事なことだと捉えています。
実行によるフィードバック値を得るためにまず始めてみることが大事
データサイエンティストが自社にいない場合のアドバイスはありますか?
まずはPythonコードが書けるようになるまで学習し、その後、統計や機械学習を勉強して進めるというアプローチでもよいとは思いますが、やはり時間が多くかかってしまうと思います。実際に、弊社でもこのアプローチから始めましたが、非常に効率が悪いなと感じました。実体験上も、社外の方々にご協力いただく体制を作ることが必須のアプローチではないかと思います。
機械学習がわからずとも、ベイズ最適化が何かも分からなくていいから、とりあえずやってみる。やってみて得られた結果に対して、専門家とともに議論しながら、自分たちの研究開発におけるMI活用方法の勝ちパターンを考察することが、MI活用を進める最初のステップとして最良の方法だと思います。
大園様、ありがとうございました!
※掲載内容は取材当時のものです。
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