JFEグループの一員として様々な化学品の生産、研究開発を手がけるJFEケミカル株式会社。JFEスチールで鉄鋼製品を製造する際に生じる副産生成物を原料として新たな素材を生み出し、多様な産業において製品の高品質化・高性能化に貢献されています。
同社では2019年よりマテリアルズ・インフォマティクス(以下MI)導入の検討を開始し、2020年にHands-on MI®を導入されました。その背景と今後の展望について、イノベーション基盤技術開発センター 主任研究員の佐野 浩介様にお話を伺いました。
データ駆動型の研究開発で、開発高速化の実現を目指す
まずは、貴社の事業概要のご紹介からお願いいたします。
JFEケミカルは、鉄鋼メーカー・JFEスチール傘下の化学メーカーです。鉄鋼製品を製造する過程で発生するコールタールや酸化鉄などの副産生成物を、化学技術を用いて有効な資源に変え、それらを原料に付加価値の高い製品を生産・販売することに取り組んでいます。
MIの導入背景と当時の状況をお聞かせください。
AIの発展によってさまざまな仕事の高度化・高速化が進み、研究開発の分野においても開発期間の短縮が求められるようになっています。限られた人員で研究開発に取り組み、兼務者も多い当社の研究組織でもそうした要請に応えるために、手段として着目したのが昨今注目を集めるMIの技術でした。
2019年頃から会社としてMI活用を推進していこうという気運が高まっていた中、当時私が外部講座でデータサイエンスを学んだことを機に、組織化して取り組みを進めることになりました。2020年にMIを活用した新材料開発や既存製品の改良などの推進をミッションとする「MI推進チーム」が新設され、私ともう1名のメンバーによる2名体制で始動しました。
新聞記事などで「MIを活用して新たな材料の開発に成功した」「開発期間をこれだけ短縮できた」と取り上げられて話題になっていたため、周りの研究員もMIには強い関心を持っており、皆で盛んにディスカッションをしながら活用方法を模索する雰囲気がありましたね。
マテリアル領域に精通したデータサイエンティストの支援が必要に
どのような経緯やきっかけからHands-on MI®の導入を検討されたのでしょうか。
当時はデータサイエンスに精通した者がいない中、自分で調査をしたり、講座で学んだりしながら、手探りで取り組みを始めました。
簡単な機械学習モデルを組んでいくつかのテーマに適用してみると、「磁性材料の一種であるフェライトコアの特性予測」という課題で、ある程度高い精度が得られましたが、その結果をどう今の研究に生かしていけば良いのかまでは分からず、それ以上前に進めることができませんでした。ここで自分のデータサイエンスに関するナレッジと、実際の研究に活かせる解析のレベルとの隔たりを感じたことがサービス導入を考えたきっかけです。
外部の方に依頼をするには一定のハードルがありますし、研究者としての矜持のようなものもあり、初めは自分の力でできるようになりたいと思っていましたが、社内で実装を進めるにはやはり専門家の力が不可欠だと判断しました。
Hands-on MI®導入の決め手を教えてください。
MI-6のことは、“データサイエンスとマテリアルに関わる人なら誰もが知っている”存在として、以前から認識していました。
社内でMI活用を進める中で「ITやデータサイエンスの専門性だけでなくマテリアルの知識も持っている人とでなければ、MI活用における議論は難しいだろう」という確信があったので、両分野の専門性を兼ね備えたMI-6に伴走をお願いしたいなと迷いなく決断しました。

研究内容まで深く理解した専門家の支援を通じて、MIの実装・普及が着実に進展
取り組みによる成果や、社内の変化として実感されるものがあれば教えてください。
人間の固定観念から離れた実験推奨点が提案され、結果として、ドメイン知識を持ったベテランの研究員も知らなかったような新たな知見を得られたことが成果の一つです。
例えば、推奨点に沿って、これまで「これを添加しなければ材料として成り立たない」と思われていた成分を添加せず実験を行ってみたところ、ある程度の性能が出ると確認できた事例がありました。詳しく調べると、別の添加剤が同様の効果を発揮していたことが分かったのです。専門家の立場から見ると、一見して「本当にこれで性能が出るのだろうか」とも思えるような、人の経験や固定観念にとらわれない発想が出てくるところに、MI活用の良さを感じました。
こうした成果を通じて、組織の中で「機械学習は材料開発において確実に有用なものだ」という認識が確立された手応えがあります。現在では、個々人が管理していた実験データを一元管理し、それらと機械学習を活用して新たな推奨点を得る仕組みづくりも進んでいます。
組成だけではなく、製造工程(プロセス)まで生成・提案する仕組みの構築にも取り組まれたと伺いました。
私たちの研究領域においては、組成はもちろんのこと、「原料をどのように混ぜるか」「どのように焼くか」といったプロセスも性能に大きな影響を及ぼします。とはいえ、MI活用においてプロセスまで扱うとなると整理すべきデータの量も考えるべきことも膨大になりますから、まずは組成のみを考え、焼成条件などはカテゴリ変数として扱う方針で取り組み始めました。
しかし実験を進める中で「組成だけに目を向けていては目標とする性能を達成できない」ということが次第に明確になり、プロセスまでカスタマイズする方向へ舵を切ることにしたのです。
プロセスのように非構造化データで表現されるものを新規で生成・提案する技術は、今なお確立されておらず、アルゴリズムの検討から始めなければなりません。MI-6担当者の方に大変なご尽力をいただいて、現時点で一つの正解と言える生成システムを実現することができました。
最近では「プロセス・インフォマティクス」という言葉も使われ始めていますが、こうした新プロセスの生成まで行えた事例はまだ多くないのではないでしょうか。今回MI-6の支援を受けてこの新たな生成システムを実装できたことも、大きな成果の一つだと捉えています。
取り組みを進める中でのMI-6の支援を、どのようにご評価いただいていますか。
データの整形、可視化から決定論的機械学習による解析、ベイズ最適化による推奨点の導出まで、専門のデータサイエンティストの方に実施していただけることに大変助けられています。同様の解析を内製化するとなると人材育成から始めなければならず、これだけの成果を挙げるまでに多大な時間がかかってしまっていたはずです。
またMI-6担当者の方とは、さまざまな場面でディスカッションを重ねながら取り組みを進めてきました。
例えば先のプロセスを生成・提案するアルゴリズムの検討においても、「どの温度帯域がどのようにフェライトコアの結晶組織に影響を与えるか」といった我々のドメイン知識と「プログラム側でどのようなことができるか」というデータサイエンスの知見を持ちより、何度も意見や情報を交換し合ってトライアンドエラーを繰り返した結果、ようやく一つの手法を確立できたという経緯があります。
化学のバックグラウンドを持つデータサイエンティストの方が、当社の研究のことをしっかりと理解して話をしてくださること、その対話を通じてテーマに対する考察が深まるとともに、MIの技術にまつわる知見も蓄積されていくことを非常にありがたく思っています。

研究員たちをデータサイエンスの世界に引き込み、社内展開を進める
今後に向けた展望と、その中でMI-6に期待されることがあればお聞かせください。
社内での教育を進め、豊富なドメイン知識を持つ研究員たちをデータサイエンスの世界に引き込みながら、MI活用をさらに社内の多様な案件へと展開していきたいと考えています。今回は磁性材料開発での成果についてお話しましたが、電池や精密の分野でもMIの成果が出ておりますので、さらに本格的に活用していきたいです。
一方で、データサイエンスを専門領域とする人材を採用・育成し、MI技術を深化させることも検討しています。その際には、データサイエンスと化学の両方を理解し、それぞれの専門家と会話が出来る研究員が必要だと考えていますので、まずは社内の研究員の引き込みが重要です。
その過程において、データサイエンスの専門家であり、マテリアルやプロセスにまで踏み込んでいただけるMI-6担当者の方々の存在は心強いものです。
私たちだけでは、次々と進化、登場するMIの技術について最新の情報を常にキャッチアップすること、自社の研究以外の領域にも目を向けることは容易ではありません。MI-6との協業の中で、ディスカッションを通じてMIにまつわるさまざまな知見を提供いただくこと、他社における活用事例を共有いただくことなどを通じて、私たちの技術力や知見が向上していくことに期待しています。
特にMIの分野においては成果やその背景にある詳細な技術の情報がなかなか表に出ない傾向がありますが、事例の共有がより積極的に行われるようになり、各社の取り組みやMIの技術自体がさらに発展していけばと願っています。
佐野様ありがとうございました!
※掲載内容は取材当時(2024/11/12)のものです。
MIに関するご相談については、下記アドレスまでお気軽にお申し付けください。
MI-6株式会社 事業開発部 bd@mi-6.co.jp