近年、化学プロセス工学において、データ駆動型の実験計画(Design of Experiments, DoE)やサロゲートモデリングの重要性が高まっています。これは特に、実験のコストや時間が大きな制約となる場面で顕著です。
図1. 本記事で紹介する化学プロセス最適化のスキーム
本稿では、H-ZSM5ゼオライトを触媒とするブタノール脱水反応を対象とし、DoEとベイズ最適化を組み合わせたプロセス設計フレームワークを、実際のシミュレーション事例として紹介します。中心的な問いは、初期のサンプルサイズと最適化のイテレーション回数が、モデルの精度や最適条件の探索効率にどのように影響を及ぼすかです。
本研究では、従来のグリッド型DoEとは異なり、シミュレーションと逐次学習(ベイズ最適化)を融合したアプローチを採用しています。これにより、プロセス設計における実務的な意思決定をどのようにデータで支援できるかを検証します。
本稿は以下の2部構成とし、結果の解釈に加えて、手法上の限界や再現性・不確実性の課題についても議論します。
- プロセスおよびパラメータの定義
- モデリングおよび最適化の結果
プロセスおよびパラメータの定義
ケース選定とスコープ
対象とするのは、H-ZSM5ゼオライトを用いた1-ブタノールの脱水反応であり、以下の並行経路を通じて1-ブテンとジブチルエーテルが生成されます。
- ブタノール → 1-ブテン
- ブタノール → ジブチルエーテル
この反応系は、Abbasi らによる研究(2022)に基づいて選定されたもので、同論文では材料設計とプロセス設計を統合的に扱うマルチスケール設計手法が提案されています。一方で、本稿ではプロセス設計のみに焦点を絞り、操作条件の最適化に限定した枠組みで議論を進めます。
1-ブテンは産業的に重要なオレフィンであり、ブタノールをバイオマス由来で製造できることから、再生可能原料からの高付加価値化学品生産の一例として、本反応系は有望です。
問題設計
ステップ1:プロセス定義
ブタノール脱水は連続プロセスであり、プロセス条件により構成が異なります。本記事では、完全転化ケースを簡略化して次の工程で構成しました。
加熱 → 反応 → 液化 → フラッシュ分離
この構成は、オープンソースの化学プロセスシミュレータ DWSIM(バージョン8.7.1)によりモデル化されました。DWSIMのモジュール性とオープン性は、初期設計段階での計算に適しています。
図2. ブタノール脱水プロセスのフローシート
ステップ2:入力および出力の定義
設計の目的は、ブタノールの転化率と1-ブテンの生成量を最大化することです。操作可能な変数(例:反応温度)に基づき、以下のように入力と出力を定義します。
入力変数 | 装置 | 範囲 |
1-ブタノール流量 | Butanol | 6~15 t/h |
反応器温度 | H-001 | 200~260 ℃ |
反応器体積 | R-001 | 0.5~1.5 m³ |
液化温度 | H-002 | 5~15 ℃ |
容器圧力 | V-001 | 1 atm |
出力変数 | 装置 | 目標値 |
1-ブタノール転化率 | R-001 | >99% |
1-ブテン純度 | Butene | >99% |
※単位操作の条件や熱力学モデルは、参照文献に準じた設定とし、データ傾向の整合性を確保しています。
ステップ3:初期点生成
入力範囲に対して最適実験計画法(optimal DoE)を適用し、初期サンプル点を生成しました。設定したサンプルサイズおよび水準数は以下の通りです。
- 初期点数:50, 100, 250, 500
- 実験水準数:5(事前検討により3水準ではモデル性能が不十分であったため)
ステップ4:初期点のシミュレーション
各入力点についてDWSIMによるシミュレーションを行い、出力値を取得しました。ただし以下のようなデータは削除しています。
- すべての目標を容易に満たす「自明な」データ
- 物理的に成立しない異常データ
このデータ削減処理の後、最終的なデータセットサイズは以下の通りとなりました。
- 初期50点 → 12点
- 初期100点 → 26点
- 初期250点 → 63点
- 初期500点 → 125点
ステップ5:ベイズ最適化
Gaussian Process(ガウス過程)を用いたサロゲートモデルに基づき、ベイズ最適化を実施しました。
ステップ6:候補点の評価と繰り返し
生成された候補点はDWSIMで評価され、条件を満たした場合はデータセットに追加されました。この候補点生成と評価の繰り返しプロセスを最大4イテレーション繰り返しました。
モデリングおよび最適化結果
ガウス過程モデルの性能
各サンプルサイズおよびイテレーションにおいて、Gaussian Process(GP)回帰モデルを学習し、その精度を評価しました。図3は、各目標出力に対する決定係数(R2)の推移を示しています。
図3. 各イテレーションにおけるサロゲートモデルの予測精度
総じてモデルの予測精度(R2値)は高く、特に1-ブテンの純度と回収率において良好な予測性能が確認されました。サンプルサイズが大きくなるにつれてR²も若干上昇する傾向が見られましたが、63点から125点への増加においてはその効果は逓減的でした。
注目すべきは、26点のような小規模サンプルにおいても、ベイズ最適化のイテレーションを進めることでモデル精度が向上した点です。これは、限られた初期情報しか持たない場合でも、反復的な改善によって学習精度を高めることが可能であることを示唆しています。
候補点の探索と評価
候補点の評価結果
最適化によって提案された入力候補はDWSIMで評価され、以下の3種に分類して解析しました(図4)。
- 初期DoE点
- 最適化候補点(目標の一部を達成)
- 最適候補点(全ての目標を達成)
図4. 初期点と最適化候補点におけるブタノール転化率
得られた主な知見は以下のとおりです。
- 初期サンプルサイズが大きいケースでは、早いイテレーション段階で全ての目標を満たす候補点に到達する傾向が見られました。一方で、初期サンプルサイズが小さいケースでも、追加のイテレーションを通じて同様の最適条件に到達することは可能であり、最終的な総サンプル数を抑えることができた場合には、むしろ効率的とも評価できます。この結果は、初期情報の多寡と反復回数の間にトレードオフが存在することを示しており、リソース制約や設計戦略に応じて柔軟に選択すべき設計パラメータであるといえます。
- 入力空間を広く設定したことで、最適候補点は一意に収束せず、複数の有望な点が広範囲に分布する結果となりました。この現象は、限られたイテレーション数においては探索が分散しやすく、収束性が得られにくい可能性があることを示唆しています。逆に、十分なイテレーションを確保できる場合には、初期探索空間は広いままに設定し、後半で局所最適化に移行する設計も有効と考えられます。
最適候補点の結果
図5は初期サンプルサイズ別のシナリオにおいて得られた最適な入力と出力のパラメータを示します。
図5. 初期サンプルサイズ別の最適パラメータの組合せ
サンプルサイズが大きいほど広い探索が可能になり、多様な最適条件が得られました。ただし、入力範囲が広いため特定の収束は見られず、より明確な収束を得るには入力範囲の絞り込みが必要です。
結論と展望
本記事では、ブタノール脱水プロセス設計におけるデータ駆動型DoEとベイズ最適化の枠組みの適用例を示しました。本結果は、化学プロセス設計において、特に初期サンプルサイズ、パラメータ範囲、最適化イテレーション数の設計がコストと最終性能に重要な影響を与えることを示唆しています。
提案のプロセス設計フレームワークには、下記のような利点があります。
- 効率的な実験計画:多様なDoEシナリオを迅速に構築
- 迅速な候補抽出:複数の候補を識別でき、入力範囲の設定重要性を強調
- プロセス開発への応用:シミュレーション結果はプロセス最適化の示唆を与える
- データを活用したモデル化:詳細なプロセスモデルがなくともサロゲートモデルで代用可能。良好な変数選定が鍵。
本研究は、化学プロセス設計におけるデータ駆動型DoEの実用性と可能性を示しました。今後は下記のような課題に対して取り組みます。
- 材料設計との統合による包括的なマテリアル-プロセス設計への展開
- 材料およびプロセスモデルの再利用を通じた製品開発の支援
- 温室効果ガス排出削減や廃棄物低減といったサステナビリティ課題への応用
参考文献
- Abbasi, M. R.; Galvanin, F.; Blacker, A. J.; Sorensen, E.; Shi, Y.; Dyer, P. W.; Gavriilidis, A. Process-Oriented Approach towards Catalyst Design and Optimisation. Catalysis Communications 2022, 163, 106392. https://doi.org/10.1016/j.catcom.2021.106392.
- DWSIM – The Open Source Chemical Process Simulator, (2024). https://dwsim.org/