本記事は、miLabにおける英文記事(Introducing Data-Driven Experimental Design in Chemical Process Engineering)の日本語翻訳版です。

はじめに

現代の化学産業は、製品中心のアプローチを採用しており、これには製造プロセスだけでなく、使用される材料や機能材(例:触媒)、さらには最終製品そのものの設計が含まれます。材料設計においては、AIないしMI(マテリアルズ・インフォマティクス)のDoE(Design of Experiments, 実験計画法)への適用アプローチが材料の特性や構造を最適化するために着目されています。

一方で、プロセススケールでの設計には、さらなる考慮が必要です。本記事では、化学プロセス設計における重要なポイントに焦点を当てるとともに、データ駆動型アプローチの適用についても触れます。

製品開発プロセスの設計フレームワーク

化学製品の開発プロセスは、様々な段階を経て進められます。これを簡略化した形で示すと、次の手順に分類できます。

  1. 市場調査
    顧客や市場のニーズを特定し、それに基づいてプロジェクト計画を立案します。
  2. 製品仕様への変換
    市場のニーズを、必要な製品仕様、さらにその仕様を満たすための材料特性へと変換します。
  3. 材料設計
    必要な特性を持つ材料の構造を設計し、実現します。
  4. プロセス設計
    製造プロセスの概念設計を行い、各工程の配置(フローシート設計)、運転条件、影響評価を検討します。
  5. プロセス開発
    例えばパイロットプラントを用いて設計を実証し、最適化を進めます。
  6. 製造段階
    工場での運転や、必要に応じた改修(レトロフィット)を行います。
  7. 最終製品の提供
    設計された性能を持つ製品を市場に届けます。

図1. 化学製品開発の一般的なフレームワーク(出所:著者・miLab編集部により作成)

上記フレームワークは、機能材(例:触媒)の場合、通常その材料が使用されるプロセスを指します。ただし、機能材の製造プロセス自体を指す場合もあります。

プロセス設計の主な目的は、個々の操作(ユニットプロセス)の配置(フローシート設計)や運転条件、各操作の影響を、製品仕様を満たす形で検討することです。例えば、詳細な3Dレイアウトのような具体的な設計タスクは、概念設計(コンセプト設計)に含まれず、通常は別のチームが担当します。

プロセス設計を含む製品の概念設計を導入することで、次の利点があります。

  • コスト削減と時間短縮
    プラント実験が困難な場合でも、適切な材料やプロセスの候補を提示し、数回のテストで開発を完了できる可能性が高まります。
  • 柔軟な設計評価
    材料やプロセスの設計条件を変更することで、製造コストや製品性能の変化を評価できます。これにより、最終製品の価格や市場での受容性に影響を与える重要な要素を事前に把握できます。

特に化学産業では、概念設計段階での意思決定がプロジェクト全体の成功を大きく左右します。例えば、触媒を使用した反応工程では、反応温度や触媒の種類が最終製品の純度や収率に直接影響するため、これらの条件を最適化することが欠かせません。また、プラント規模での安全性や経済性を事前に評価できる点でも、概念設計は重要です。

化学プロセス設計における方法論と背景


化学プロセス設計において概念設計を生成するには、大きく分けて経験ベースとモデルベースの2つのアプローチが採用されています。

経験ベースの設計

この方法は、エンジニアの経験や、試行錯誤的な実験に基づいて進められる設計手法です。主に、熟練技術者のノウハウや過去の成功例が重要な役割を果たします。

適用ケース

  • プロセスが固定されている場合(例:既存プラントのレトロフィットや産業慣行に従う場合)。
  • 単純なプロセス構成で設計候補が限られている場合。

メリットと課題

  • メリット: 設計が簡単であれば素早く結果を出せます。既存の知識を活かせるため、特定の条件下では効率的です。
  • 課題: より複雑なプロセスや、複数の設計条件を同時に最適化する場合には非効率的となります。また、新しいプロセスや構造の検討には向いていません。

モデルベースの設計

メカニズムモデルを活用し、プロセスシミュレーションソフトウェアを用いて設計を進める方法です。この手法では、シミュレーションや最適化を通じて候補を評価します。

代表的なツール

  • 商用ソフトウェア: Aspen PlusgPROMSなど。
  • オープンソースツール: DWSIM
  • こちらは近年注目されている選択肢です。

メリットと課題

  • メリット:コンピュータを活用することで、多数の設計候補を生成・比較できます。実験を減らし、コストと時間を削減できます。特に、複数の条件を評価する必要がある場合に効果的です。
  • 課題:この手法を効果的に活用するには、十分なデータと適切なモデルが必要です。また、計算リソースやシミュレーションの精度にも依存します。

MIによる材料設計とプロセス設計の現状と課題

近年、MIやAIを活用した材料設計が大きな進展を遂げており、多くの応用事例が報告されています。一方で、プロセス設計やプラントレベルのタスクにAIを適用する場合には、次のような課題が浮き彫りになります。

データ不足とモデル解釈性

  • プロセスの推奨結果が誤った場合、プラント運用や安全性に深刻な影響を与える可能性があります(例: 推奨された温度や圧力条件が不適切な場合)。
  • データの収集、モデルの信頼性向上、解釈性の向上が求められます。

実験コストの高さ

  • プラントスケールの実験は非常にコストが高く、限られたデータセットでのモデル精度を確保する必要があります。

安全性への影響

  • プロセス設計では、プラント運用の安全性が最優先事項です。AIの推奨が誤ると、プラント全体に悪影響を及ぼすリスクがあります。

以上の視点を踏まえ、データ駆動型ツールがモデルベース設計にどのように貢献できるかを、次のセクションで詳しく解説します。

プロセス設計におけるDoE

プロセス設計でMI/DoEツールを活用する際の手順は、一般的なプロセス最適化の実験手法をコンピュータシミュレーションに適用したものです。このフレームワークを詳細に説明すると、以下のようなステップで構成されます。

1. プロセス定義

プロセスシミュレーター(例: DWSIM、Aspen Plusなど)を使用して、プロセスフローシート、熱力学モデル、必要な操作条件を設定します。この段階では、プロセス全体の枠組みを明確化し、シミュレーションの基盤を整備します。シミュレーターがない場合、カスタムExcelシートや独自のプログラムでも代替可能です。

2. 設計変数と目標値の定義

次に、以下を定義します。

  • 設計変数(入力): 例として、反応温度、供給流量、圧力など。これらは最適化の対象となるプロセスパラメータです。変数ごとに範囲を設定します(例: 温度200–260°C、流量6–15 t/h)。
  • 目標値(出力): 必須性能や条件を設定します(例: 変換率>99%、製品純度>99%)。これにより、最適化の基準が明確になります。

3. 初期条件の生成

設計変数の範囲に基づきサンプリングポイントを生成します。この機能では、ランダムなサンプリングではなく、実験計画法に基づいて効率的なサンプリングを行います。生成するポイント数やDoEのレベル数は、プロセスの複雑さに応じて調整可能です。

4. シミュレーションよる初期データセットの作成

生成されたサンプリングポイント(設計変数)をシミュレーターに入力し、対応する目標値を取得します。これにより、初期データセット(X, Y)が作成されます。この段階では、自動化が重要です。多数のサンプリングポイントを手動で処理すると時間がかかるため、スクリプトやソフトウェア機能を活用して効率化します。

5. ベイズ最適化の実施

初期データセットを用いて、ベイズ最適化を開始します。

  • Gaussian Process(ガウス過程)を用いて、目標値を予測するモデルを構築
  • 次の最適化ステップで評価するべき設計変数の候補を生成
  • 候補を選択

6. 候補の検証とデータセットの更新

候補の設計変数をシミュレーターに入力し、真の目標値を取得します。この結果を初期データセットに追加し、再びベイズ最適化を実施します。このプロセスを必要な回数繰り返すことで、目標を達成する設計を特定します。

実行上のポイント

  • 候補の管理: 候補の生成数や選択数を適切に設定することで、最適化の効率を維持します。候補数が多すぎると計算コストが増大するため注意が必要です。
  • 複雑なフローシートへの対応: プロセスが複雑すぎる場合、フローシート全体ではなく、重要なサブプロセスに分けて最適化を行う方法も有効です。
  • 反復の適切な終了点: 目標値が十分に達成された段階で反復を終了することが重要です。

本手法の利点

本記事で紹介したプロセス設計のフレームワークは、実験に基づくプロセス最適化手法と多くの点で共通しています。実験で得られる結果を用いて設計条件を最適化するのと同様に、シミュレーションデータを活用して効率的に設計を進めることが可能です。この手法は、特に次のような状況で効果を発揮します。

  1. 概念設計のテスト
    プロセス開発チームが概念設計の妥当性を検証する際に、このフレームワークを活用することで、実験コストを削減しながら設計条件のテストが可能です。例えば、触媒の種類や反応温度の調整による影響をシミュレーションで迅速に確認できます。
  2. 最適条件の探索
    初期設計が未確定の場合でも、このフレームワークを用いることで、設計候補を効率的に探索し、目標値に近い条件を発見することができます。これにより、プラント実験の回数を最小化し、プロジェクト全体の効率を向上させます。

ただし、シミュレーションはあくまで実験の代替ではなく、補完的な役割を果たします。最終的なプラント試験や実証実験では、シミュレーションで得られた最適条件を基に実験を行うことで、より正確な結果を得ることができます。このような連携により、製品開発サイクル全体の効率と精度が向上します。

図2. データ駆動の化学プロセス設計フレームワークの例

展望

現代の化学製品開発では、材料とプロセスの両方の概念設計を考慮する必要があります。これらは、製品性能や製造コストといった重要な要件を満たすための材料とプロセス候補を提案するために欠かせない要素です。本記事ではプロセス設計のDoEに焦点を当て、データ駆動型アプローチを活用してどのようにこのタスクを進めるかを説明しました。

データ駆動のモデルベース設計のフレームワークは、研究者にとって次のようなメリットを提供します。

  • 効率的な実験計画: シミュレーションのためのサンプリングポイント生成を迅速に行えます。
  • 最適候補の迅速な生成: 設計条件を素早くスクリーニングし、可能性のある解を見つけ出します。
  • プロセス開発チームでの活用: 本フレームワークは、リアルなプロセスにおける条件の最適化にも役立ちます。

現在、私たちが取り組んでいることは、このフレームワークを具体的な事例で実証することです。次回の記事では、特定のプロセスを対象に、このフレームワークがどのように機能するかを詳しく解説します。これにより、MIとDoEを使用したプロセス設計の実用性と効果をより明確に示すことを目指します。

参考文献

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