MI-6株式会社では、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)に特化したカンファレンス「MI Conf 2024 - Materials Informatics Conference -」(以下、MI conf 2024)を2024年9月30日に開催いたしました。
本記事では、MI conf 2024より、デクセリアルズ株式会社 高田氏の講演内容の一部を抜粋してご紹介いたします。
アーカイブ動画もご視聴いただけますので、ぜひご覧ください。
高田 善郎
Yoshiro Takada
デクセリアルズ株式会社オプティカルソリューション事業部 商品開発部 OS開発課 統括係長
2010年 千葉工業大学大学院生命環境科学専攻修了、同年、埼玉県の化成品メーカーに入社し、ゴム製品の開発業務に従事。
2015年にデクセリアルズ株式会社に入社して以来一貫して事業部の光学材料開発に携わり、配合設計や物性測定、塗工プロセス検討など幅広い業務を経験する。2021年に自ら事業部のDX推進担当に志願。DRを中心とした開発業務のBPAを進めるかたわら、開発DXのあるべき姿を模索する中でデータサイエンスやMIに強い関心を抱く。
2023年からはDXおよびMI専任部署のチームリーダーを任され、複数の開発チームと協力してPoCを進めながら、事業部のみならず社内全体へMIを普及させるため奔走している。
はじめに
高田氏は、デクセリアルズ株式会社にて光学材料の開発に携わり、配合設計・物性測定・塗工プロセスの検討など幅広い業務を経験された後、DXおよびMIの推進を担当されています。また、MIの概念実証(PoC:Proof of Concept)を行っていた昨年9月、MI conf 2023にて、大塚化学株式会社 大薗様の講演を視聴され、「非常に励みになった」と感じたことから、今回のご登壇に繋がっています。
デクセリアルズ株式会社は、MI-6がご支援する企業の中でも、技術検証と組織推進の両面で、初年度に確かな成果を上げられた企業です。本講演では、なかなか聞く機会がないMI導入初年度ならではの苦労や乗り越え方について、実際の経験を交えて語っていただきました。
MI推進チーム設立の経緯
デクセリアルズ株式会社は、ディスプレイ・電子デバイスに不可欠な電子材料・光学材料を開発・製造しており、例えば異方性導電膜・反射防止フィルム・光学弾性樹脂など、ニッチな市場で高いシェアを持つ製品を数多く生み出しています。
2020年にDX推進部が設立され、会社全体としてDX推進が奨励される中で、特に製品開発データを活用して、材料開発を支援するため、2023年4月にMI推進チームが結成されました。
直面した課題と対応
1. 調査フェーズ(4月〜7月)
MI推進チームは、製品開発経験者の4人で構成され、全員がMI未経験というゼロからのスタートでした。そのため、まずはメンバー間でMIに対する知識や認識のギャップを埋めるため、MIの事例や基本用語を学び、互いに情報共有してチーム内の円滑な意思疎通を図りました。
その上で、製品開発チームとMI活用の共通目標を設定するため、現場課題の把握(As-Is)・ありたい姿の定義(To-Be)・マイルストーン設定(Can-Be)の3ステップで、製品開発チームと共同で議論を行いました。この共通目標の設定により、製品開発チームの納得感を得ることが、次のフェーズにスムーズに移行するために重要だったと高田氏は振り返っています。
なお、MI活用を開始する際には、ツール活用の他に、自身でプログラミングを行う選択肢もあります。この点では、①素早く実行環境を準備できること、②もし要件に合わなくても軌道修正が容易であることから、ツールの活用を前提として、検討を進めています。
2. PoCフェーズ(8月〜11月)
続くPoCフェーズでは、PoCテーマが集まらないという課題に直面しました。この課題に対しては、心理的・工数的ハードルを下げる下記3つの作戦を行い、テーマ数の増加に繋げています。
- 作戦1:声掛けしてPoCに誘う
- 作戦2:追加実験不要の選択肢を用意する
- 作戦3:追加実験の工数を補助する
そして、PoC初期には、「MIへの腹落ち感を得るための確かめ算テーマ」を行いました。これは、「量産品と同じ配合を、MIを使って再開発する」という検証目的の強いテーマであり、結果として開発に2年以上かかった製品を、2カ月で導出することができました(ただし、実際の開発時は様々な紆余曲折を経ていたため、全く同条件の比較ではありません)。このテーマは、MI推進チーム自身がMIに対する手応えを掴めたという点で、非常に重要なテーマでした。
その他、最適化実験(AIが提案した配合で目標物性を達成する)に限らず、解析のみのテーマ(予測モデルを構築し、配合の妥当性を検証する・データを可視化し、開発者の思考を整理する)でMIの間口を広げました。間口を広げ、開発者との対話の機会を増やすことで、MIが受け入れられ始めたと、高田氏は語っています。
3. 報告フェーズ(12月〜3月)
計画的な報告で進捗を見える化したことにより、報告フェーズでは大きな課題は生じることなく、スムーズに合意形成を行うことができました。
具体的には、早い段階で製品開発チームを巻き込んだ共通目標を設定したことに加え、MIの認知度アップのための進捗報告会を毎月開催しました。これにより、来期予算確保・導入ツールの最終決定に際し、「PoC成果・始めやすさ・少ないデータから解析ができる(ビッグデータ不要)」の3点を重視し、スムーズに合意形成できたと、高田氏は振り返っています。
学んだ教訓
全体を振り返って学んだ教訓は、特に下記3点です。
- MI・AIへの正しい理解を広めるには?
身近なテーマで社内事例を作ることが重要です。「社外」事例ではなく、「社内」事例を作ることにより、MIに対する納得感・親近感を高めることができます。 - 社内事例を増やすには?
PoCテーマを最後までやり切ることが重要です。そのためには、専任のサポートチームがPoCに伴走することが効果的です。その一方で、専任化により知識が増えると、関連部署との知識・認識のギャップが生じ得るため、ギャップを埋める工夫が必要です。 - 部署間のギャップを埋めるには?
製品開発業務に対する理解と共感を深めることが重要です。ここに、「製品開発者がMIを推進する意義」が現れると考えています。また、推進者1人だけで全てのギャップをカバーすることは困難であるため、MI推進チーム全体のメンバー構成でカバーすることが有効です。実際のPoCサポートでは、開発者への課題ヒアリング・過去データの分析結果の提供・実験工数補助など、多岐に渡るサポートを行っています。ここまでのサポートができた理由は、製品開発業務に対する理解に加えて、推進メンバーのホスピタリティの賜物であり、「製品開発者に寄り添った、製品開発者目線のMI推進」を行ってきたと、高田氏は語っています。
今後の展望とまとめ
2024年4月以降は、他の事業部へのMI横展開活動をスタートし、社内のMIコミュニティを拡大しています。その一方で、データの質・量や実験工数の不足という課題にも直面しているため、実験業務の高効率化・脱属人化達成・イノベーション創出を目指して、複合的な開発DX推進に取り組んでいく予定です。
改めて、MI推進では、①課題を言語化し、共通の目標やビジョンを立てること、②身近な事例でPoCを行い、社内事例を増やすこと、③組織文化の変革を、前向きかつ辛抱強く推進することが重要です。特に③では、相手の立場・状況を考慮し、安心・納得してもらえる方法を考え続ける必要があり、個々の会社・組織・人に合わせたMI推進の形を見つけることが大切です。
数か月程度で大きな変化は難しいかもしれませんが、継続することによって、年度の変わり目に大きくジャンプアップできる可能性があります。ぜひ広い視点を持って、前向きに推進していってほしいと、最後に高田氏から語りかけていただきました。
miLab編集部からのメッセージ
高田氏の講演では、MI導入初年度という貴重な視点からのリアルな体験談と、成功に向けた具体的なステップを共有いただきました。「製品開発者に寄り添った、製品開発者目線のMI推進」という姿勢には、MI推進が単なる技術導入にとどまらず、組織文化や人との調和の中で真価を発揮するものであると改めて気付かされました。
MIはまだ発展途上の分野であり、多くの企業や研究者がその活用方法に試行錯誤しています。その中で、デクセリアルズ株式会社のように、実直かつ着実に成果を上げ、また課題と向き合いながら進める姿勢は、多くのMI推進者にとって学びの多いものであると思います。特に、PoCフェーズでの様々な工夫や、製品開発チームと共通目標を持つことでスムーズに進める姿勢は、他社にとっても参考になるポイントではないでしょうか。そして何よりも、実験現場への深い理解と共感、そしてそれを支える推進メンバーのホスピタリティが大きな成功要因となっていることに感銘を受けました。
私たちmiLab編集部は、MIを通じて生み出される革新が、現場の研究者や推進者の努力によって支えられていることを強く感じています。そして、このような取り組みを通じて、未来の材料開発や科学技術の発展に向けた新しい可能性が広がっていくことを心より願っています。
改めまして、今回の貴重な講演を通じて、多くの示唆と学びを共有いただいた高田氏に心より感謝申し上げます。そして、これからもデクセリアルズ株式会社がMI推進を通じて新たな成果を上げ続け、業界全体の未来に光を照らし続ける存在であることを願っております。