MI-6株式会社では、マテリアルズ・インフォマティクスに特化したカンファレンス「MI Conf 2024 - Materials Informatics Conference -」(以下、MI conf 2024)を2024年9月30日に開催いたしました。
本記事では、MI conf 2024より、東京科学大学 助教 畠山先生の講演内容の一部を抜粋してご紹介いたします。
アーカイブ動画もご視聴いただけますので、ぜひご覧ください。
畠山 歓
Kan Hatayama
東京科学大学 物質理工学院 材料系助教
博士(工学)・早稲田大学(2018年)。
2018-23年まで早稲田大学 応用化学科、2023年より東京工業大学(現・東京科学大学) 物質理工学院に所属。
研究キーワード: 実験化学、高分子材料、マテリアルズ・インフォマティクス、ロボット実験。
関わった研究テーマの例: 高分子固体電解質、低誘電材料、高熱伝導材料、半導体エッチング材料、リチウムイオン電池、有機二次電池、液晶配向。
最近のブーム: 大規模言語モデル
はじめに
本講演では、大規模言語モデル(LLM)や生成AIが、材料開発や科学研究にどのように貢献できるのか、実際の取り組みを通じて紹介します。畠山氏は実験科学者としての経験を基に、近年ではデジタル技術を活用した研究に注力しています。今回は、LLMが持つ可能性と、それが研究現場でどのように活用できるのかを中心に話していただきました。
大規模言語モデル(LLM)の開発動向
LLMの大きな特徴は、従来の特化型AIと異なり、科学的な考察や解釈を包括的にサポートできる可能性があるという点です。従来の予測モデルは、データの数値的な関係を解析するのが主な役割でしたが、LLMはデータの背景にある科学的な知識や文脈を理解し、研究プロセス全体を支援する能力を持っています。
例えば、OpenAIのGPT o1モデルは化学や物理、生物の分野で大学院生レベルの知識を持つと言われており、材料開発における仮説生成や実験計画の立案に貢献しています。これにより、研究者はより迅速かつ効率的に研究課題に取り組むことが可能になります。
また、日本語を話す大規模言語モデルの構築は経済産業省からも支援されており、畠山氏も参画したNEDOのプロジェクト*で研究されています。
*NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の助成事業「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業」(JPNP20017)
自動実験とLLMとの連携
LLMの活用について畠山氏が検討したところ、実験結果の予測や提案に対しては、今はまだ簡単に役に立つとは言えない感触が得られました。そのため、「地味だけど確実に役に立つ」という領域、例えば、日常的な材料実験をデータ化する、あるいは結果を解析するようなタスクでの活用を試みました。
実験ノートの自動生成
自動実験から得られる膨大なデータをLLMに入力し、要約させて、実験ノートを自動的に作成する仕組みを構築しました。これにより、実験条件や観察結果を詳細かつ正確に記録することが可能になり、研究者の負担を軽減することができます。
反応液の経時観察と定量化(画像データの解析)
実験過程で撮影された写真(画像データ)を解析し、懸濁程度から反応過程をグラフ化する手法を試みました。これにより、実験データを定量化しやすくなり、より効率的なデータ解析が可能になりました。カメラでマルチモーダルモデルを活用する場合には、センサを設置する場合と比較して、低コスト・設置が簡便であるというメリットがあります。
実験の反省・改善(実験時の写真の比較)
自動実験は、「言うは易し」ですが、実際には細かなチューニングが必要であるため、課題が発生することも多くあります。このような課題が発生した場合にも生成AIを活用することができます。例えば実験時の2枚の写真を比較させることで、原因を特定し、改善案を提案させることができます。具体的には、ロボットアームの位置ズレが実験結果に影響を与えることをLLMが指摘し、それに基づいて調整を行うことで、実験精度が向上します。
今後は、実験を改善するためのプログラムコードをAI自身が書くことで、AIが自分で実験の腕を磨くというシステムを作れるだろうと畠山氏は語っています。
今後の展望 〜AIのインフラ化における3つのフェーズ〜
今後の発展の可能性として、「頭脳・知覚・ 動作」の3つのフェーズがあります。
1. 頭脳:オフィスワークの助言
第1のフェーズでは、オフィスでデジタルデータに基づいて解析をして、AIが助言します。例えば、クラウド上にアップロードされたデータをAIが解析し、この実験は昔誰がやった、ということを提案してくれるというシステムです。既に一部企業でサービスが作られ始めている段階です。
2. 知覚:現場での助言
第2のフェーズでは、AR眼鏡などを使いながら、実際の実験現場をAIが認知して、実験中のリアルタイムな解析やアドバイスを行います。このようなローカル/エッジデバイスが次の主戦場になるだろうと畠山氏は予測します。
3. 動作:自分で実験
第3のフェーズでは、全自動実験で人間の代わりに実験をします。
基盤モデルが実験を包括的にサポートするシステムはでき始めていますが、すぐにロボットが全て実験してくれるわけではありません。AIの支援の下、人間とロボットの協業が避けられない期間は、10〜30年程度続くと予想されるため、ヒト・AI・ロボットの全てに精通した組織を作り、遷移状態をコントロールすることが重要と畠山氏は語っています。
miLab編集部からのメッセージ
本記事でご紹介した畠山助教の講演は、生成AIやラボオートメーションがどのように材料実験を補助し得るかについて、多くの示唆を与えるものでした。実験科学者としての豊富な経験に基づき、日常的な課題を解決するための実践的な取り組みや、今後の発展に向けたビジョンが語られました。
AIや自動化技術が研究現場に浸透しつつある中で、実験者自身が「ヒト・AI・ロボット」の協業を理解し、最適化していく必要性を強調された点は、今後の科学研究の在り方を考える上で極めて重要です。また、課題を乗り越えるための柔軟なアプローチや、将来的な可能性を見据えた戦略には多くの学びがありました。
畠山先生は実験化学ドメインにおける経験を多分に積まれた上で、大規模言語モデルの専門的プロジェクトに参画されています。今後材料科学におけるLLMのユーザは増加するでしょうが、基盤モデルの構築に注力する材料研究者は多くないでしょう。今後も技術と産業のドメインを綱渡しする存在として、応援いたします。
miLabでは、これからもこのような先進的な取り組みを共有し、材料開発や科学研究におけるDXを推進するサポートを続けていきたいと考えています。本記事が、日常的な研究活動を支援する新しい視点を提供し、より多くの研究者の皆様にとって価値あるものとなることを願っています。