課題:要求性能のトレードオフ打開
電気・電子機器の高周波化や高速通信に対応した回路基板材料を開発するため、低誘電特性と高い耐熱性を両立させた樹脂組成物が必要とされている。従来の材料では、低誘電特性を持つ熱可塑性樹脂は存在するものの、耐熱性が十分ではない場合が多く、逆に耐熱性に優れた熱硬化性樹脂は高い誘電特性を持つ傾向があり、両方の特性を満たす配合組成を取得するには、研究者の考えに基づく多くの試作・検証を繰り返す必要があり、開発コストが大きいことが課題であった。
また、従来の開発方法では、原料候補となる複数の樹脂材料や添加剤の組み合わせを踏まえた無数の配合条件の中から、研究者の知見に基づく条件だけを試作しており、偏った原料組み合わせによる結果のみが増えていき、大幅な性能改善の兆しが見えていない状況にも課題を感じていた。
解決策:ベイズ最適化に基づく解析・実験サイクル
原料には、スチレン系を含む熱可塑性樹脂・ラジカル重合性化合物・有機過酸化物などを組み合わせ、目的変数となる比誘電率の最小化と耐熱温度の最大化を満たす配合条件の最適化に「ベイズ最適化の候補点から選択」する方法を活用した。
まず、取得済みのデータ30点をmiHub®にアップロードし解析条件を設定することで、次の実験候補点が5点提案された。基本となる樹脂3種類は合計100%となること、ラジカル重合性化合物は3種類のいずれか1種類を必ず使用することなどが必須の条件であるため、それらを制約条件として設定した。また、今回、従来の偏った水準組み合わせより広い探索範囲を調べたい目的があるため、各変数ごとの範囲最小値・最大値は実験可能な最大限の範囲で設定した。
この解析条件に基づく実験候補点を実際に実験し、得られた目的変数の値をmiHub®に追記して次の解析を実行することで新たな実験候補点5点が提案された。実験した5点の中にはすでに、取得済みデータ30点で最も耐熱温度の高い244°Cを超える318°Cを与える条件も見つけることができた。
この一連の解析・実験のサイクルを合計5回繰り返すことで、初期の30点中のチャンピオンデータを大きく超える配合条件が取得できた。

ベイズ最適化のイメージ
結果:探索空間の拡大による新たな知見の獲得
提案された実験候補点の中には、これまで試作してきた従来の原料組み合わせとは大きく異なるものも含まれており、意外な発見と共に、未知の組み合わせで知見が少ないため、本当に特性が向上する条件なのか疑問も大きかった。疑問を持ちつつも実際に試作し結果を確認すると「従来の知見と反して、この樹脂の割合が多くても高い誘電特性が出せる」「ラジカル重合性化合物の添加量が少なくてもチャンピオンデータと同程度の特性を出せる」など、従来と異なる知見を得られる配合も確認でき、本テーマ開発における大きな価値を得られた。
また、単に解析・実験を繰り返すだけではなく、解析結果から得られる示唆に基づく考察や、研究者が持つ背景情報を解析に織り交ぜることで、更なる効率化を計った。例えば、3サイクル目で、モデル(GP-Standard)の予測-実測プロットを確認すると比誘電率の予測が上手くできていない状況が示唆されたため、現在データに含めている説明変数のみでは予測に不十分であり、他に影響を与え得る因子をデータに反映できていないと推測した。実験工程での見落としがないか再度議論した結果、硬化後の冷却速度に違いがあることが確認できた。この差分を定量化しデータに加えることでモデル精度向上が確認でき、更なる効率化に寄与できた。
このように、ベイズ最適化を活用したデータ駆動型開発では、計算に基づいて提案された実験候補点や、解析結果に基づく考察などを通して、研究者の発想を拡げることで開発期間の短縮化および効率的な研究開発を進めることが可能になる。