課題:性能改善及びメカニズムに関する仮説検証

近年、導電性材料の応用範囲がますます拡大する中で、長期的な性能のさらなる安定性が求められている。特に、劣化による性能低下を抑えるための効果的な対策が必要とされており、その一環として、劣化防止効果を持つ有機化合物の添加が有望視されている。既存の添加剤では要求される特性を十分に満たさず、例えば必要量を増やすと導電性や柔軟性といった他の重要な特性が損なわれるというトレードオフが発生してしまう。性能の安定性を維持しつつ他の特性を犠牲にしない新しい有機化合物の探索が求められる中、候補物質の中から効果的なものを素早く選定するには既存のアプローチでは限界があった。

本ケースでは、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)技術を用いて、膨大な有機化合物のデータから高速で候補物質を抽出し、劣化防止効果が期待できる化合物を特定することを目指した。また、劣化のメカニズムに関する示唆を得ることで、将来的な添加剤開発の指針となる情報を取得し、継続的な改良を支えるための基盤作りも目的とした。

解決策:データベースや計算化学を用いた代理指標の設計

データ不足の中で実験回数を抑えつつ有望な候補化合物を発見するため、研究者とデータサイエンティストが議論を繰り返した。この議論の中で、劣化度合いとの関連性の高いと考えられる様々な物性を重要な要素として挙げ、メカニズムの仮説を組み立てた。データ解析や機械学習を用いてこれらの仮説を検証するとともに、劣化防止効果の高い添加剤候補の絞り込みを進めることとした。

仮説の一例として、劣化防止剤としての添加剤は導電性材料の溶液に溶解する必要があるため、ある溶解性指標が重要な指標と考えた。そこで、外部データベースから得た分子構造データを用いて、その溶解性指標を予測する機械学習モデルを構築した。また、劣化の一因としてある化学反応が関連している可能性が示唆されたため、ある化学反応のエネルギー障壁を重要指標であると考えた。このエネルギーは分子構造に基づく指標に依存するため、この分子構造に基づく指標を代理パラメータとした。データ不足の状況でも迅速かつ適切な評価を可能とするため、半経験的な分子軌道計算を用いる手法を検証した。

こういった計算化学シミュレーションや機械学習モデルを活用し、仮想的な候補材料の探索を計算機上で行った。また、決定木アルゴリズムおよびデータ可視化を用いることで、物性がどのように劣化防止に影響するかを視覚的に推察した。これらのアプローチにより、劣化メカニズムに対する新たな洞察を得つつ、効果が期待できる添加剤候補の大幅な絞り込みへと繋げた。

劣化メカニズムの分析・解析のフロー

結果:仮説に基づく化合物空間の絞り込みによる性能改善の実現

議論の中で要因候補として上がった溶解性指標や分子構造に基づく指標について散布図を作成し、これらが仮説通り目的物性(劣化度合い)と関連性があることが確認された。とくに分子構造に基づく指標に関しては、ある閾値までは劣化防止に直接関連するが、それを超えると関連性が見られなくなることが示唆された。このことから劣化メカニズムに閾値の影響があると考え、決定木解析を用いて変化点を特定した。

上記の結果を踏まえ、溶解性指標がある閾値以上、かつ分子構造に基づく指標がある閾値以下という条件で化合物空間を制限することで、より高い精度で劣化度合いを予測できるようになった。この予測精度の向上により、確度の高い添加剤候補の選定が可能となった。結果として、制限した化合物空間から選定した候補分子について数回の実験及びモデル更新を繰り返すことで、既存の添加剤を超える劣化防止効果を持つ化合物を発見できた。さらに、メカニズムに関する仮説検証および考察を通じて得られた知見は、今後の劣化防止剤の開発における新たな設計指針の糧となり、さらなる成果につながることが期待される。