XRD解析の導入

X線回折(X-ray Diffraction:XRD)は材料科学における基本的で重要な分析手法の一つであり、金属、セラミックス、半導体をはじめとする多様な材料の結晶構造や相の同定を可能にします。この手法は物質の結晶構造に由来する回折パターンを解析することで、原子や分子がどのように規則正しく配列されているかを詳細に明らかにできます。

従来のXRD解析手法は、回折パターンを取得後、ピークの位置や強度を基に構造情報を特定するというシンプルな原理に基づいています。しかし、近年の材料科学分野においては、多相系材料やナノ材料、高エントロピー合金(HEA)といった複雑で高度な材料系が増加し、それらの結晶構造を正確にかつ効率的に同定することが困難になってきています。

これに伴い、XRD解析手法も進化を遂げてきました。特に、近年注目されているのは、機械学習や人工知能(AI)を取り入れた新しい解析手法の導入です。これらの新技術は、従来の手法では時間がかかりすぎたり精度が低下したりするような複雑な回折パターンの解析を、迅速かつ高精度に実現することが期待されています。

機械学習技術の導入によって、XRD解析は「ピークの同定」から「大量データの高速処理や隠れた相関関係の抽出」へ拡張しています。さらに、これらの技術は実験的ノイズや試料中のひずみ、結晶配向性といった現実の測定条件下で発生する課題に対してもロバストに対応する可能性を秘めています。

本稿では、こうした背景を踏まえ、伝統的XRD解析手法および新たに登場した代表的な機械学習アプローチについて概観し、それらが現代のXRD解析にもたらすインパクトを比較していきます。

従来のXRD解析手法とその課題

従来法

従来のXRD解析においては、主に2つの方法が広く用いられてきました。それは、(1)サーチ/マッチライブラリー法(Search/Match Libraries)と、(2)リートベルト解析法(Rietveld refinement)です。これらはそれぞれ特徴的な利点を有している一方で、近年の材料科学の発展に伴い、新たな課題にも直面しています。

(1) サーチ/マッチライブラリー法(Search/Match Libraries)
この手法は既存のデータベースとの比較により、まずは既知の結晶相を効率的に同定する方法です。ピークの重なりが少なく、対象とする相が既にデータベースに登録されている場合に有効であり、初期の候補選定として利用されることで解析の全体的な効率を向上させます。しかし、新規の化合物や複雑な多相混合物に直面すると同定精度が低下するという課題があります。

(2) リートベルト解析(Rietveld refinement)
サーチマッチなどによって同定された結晶相を対象に、物理モデルに基づく反復計算を行い、実験データに合わせて格子定数、原子位置、サイト占有率などの詳細な構造パラメータを最適化することで、各相の存在比率を定量化する手法です。単相または中程度の複雑さの試料に対しては高い信頼性を示しますが、データが複雑になるほど計算負荷が増大し、解析に多くの時間を要します。

従来法の主な課題

さて、材料科学の進展と産業応用の複雑化に伴い、これらの従来法では対応が困難な課題が現れています。ハイスループット解析の需要、リアルタイムデータ処理、および複雑な材料の解析要求などが挙げられます。

(1)ピークの複雑性と多相解析

従来のリートベルト法は、ピークの位置や形状を精密にフィッティングすることで解析を行います。しかし、複数の相からのピークが互いに重なり合う多相材料においては、ピーク分離が困難になり、解析精度が大幅に低下します。特に、ピークが重なることでピークの帰属が曖昧になり、相同定や構造解析の信頼性を損なうことが深刻な課題となります。

また、サーチマッチ法においては、未知の相や新規材料の登場により、ピークのデータベース照合が不可能となり、十分な精度で相を同定できないという課題が生じます。

(2)データ量と処理能力

近年ではXRD装置が自動化・高速化され、高スループットの実験によって、1回の測定で数千から数万もの回折パターンが得られることもあります。こうした膨大なデータセットを手動または従来の反復処理手法(リートベルト法)で解析するのは非現実的であり、解析作業がボトルネックとなる状況が生じています。

サーチマッチ法においても、結局は人間による確認作業が不可欠であり、大規模データの処理には限界があります。

また、産業応用におけるリアルタイム解析や迅速な意思決定を支援する用途では、従来手法の解析速度では不十分です。

(3) 実験アーティファクトと実世界の条件

従来のリートベルト解析は、理想的な回折条件を前提に設計されています。しかし、実際の試料では結晶粒子の配向性(preferred orientation)、試料内のひずみ(strain effect)、バックグラウンドのノイズ、非晶質成分によるピークのブロードニング(peak broadening)などの実験アーティファクトが生じます。これらが存在すると、従来の物理モデルベースの解析手法は精度低下を避けることが難しいです。

またサーチマッチ法においても、ナノ材料や部分的に非晶質化した材料ではピークの幅が広がり、ピークの明確な識別が困難となり、データベース照合の精度も低下します。

機械学習を用いたXRD解析

従来のXRD解析手法が抱える限界を克服するため、機械学習の積極的な活用が進んでいます。機械学習は、回折パターンを単なるピークの集合体として見るのではなく、結晶構造に関する局所的および全体的な特徴を同時に抽出・学習可能な表現に変換することができます。これにより、多相材料におけるピークの複雑さ、膨大なデータの処理、実験時のアーティファクトに伴うノイズなど、従来手法では困難であった課題に対処できつつあります。

本章では、代表的な機械学習アプローチ4つを紹介し、それぞれの手法が持つ原理や利点、適した用途を説明します。

畳み込みニューラルネットワーク(CNN)

畳み込みニューラルネットワーク(Convolutional Neural Networks: CNN)は、XRD回折パターンを一次元の信号として扱い、複数の畳み込みフィルターをパターン上でスライドさせながら局所的特徴(ピーク位置、形状、強度など)を抽出します。従来のML手法が行っていたようなデータの平坦化(flattening)を完全には行わず、局所的特徴を保持しながら学習を進めることができます。マックスプーリング(max pooling)やドロップアウト(dropout)といった工夫を施すことで、ピークの重なり(混合)やノイズ、ピーク位置のわずかなズレに対してもロバストに対応できます。また、大量データの高速処理や、多相材料の分類や結晶対称性の識別など、ハイスループットな分類タスクにおいて特に優れた性能を発揮します。ただし、CNNが効果を発揮するためには、十分な量と多様性を持つトレーニングデータが不可欠です。

Transformerエンコーダ (T-encoder)

Transformerエンコーダ(T-encoder)は、自然言語処理(NLP)の分野で生まれた「自己注意機構(self-attention mechanism)」をXRD解析に応用したものです。XRDパターンを複数の領域(パッチ)に分割し、それらのパッチ間に存在する長距離の相関関係を注意機構を通じて学習します。

この方法の最大の特長は、離れた位置にあるピーク間の相互関係など、データのグローバルな構造情報を捉えられる点です。CNNが局所的特徴を重視するのに対し、T-encoderは広域的なピーク間の関係を包括的に扱うことができます。そのため、結晶構造の全体像を理解する上で特に役立ちます。一方で、この手法はCNNよりも大量のデータを必要とし、ハイパーパラメータのチューニングにも注意を要します。また、モデル内部の動作が直感的に解釈しづらく、ブラックボックス的な性質が比較的強いことにも注意が必要です。

X線回折解析のための機械学習モデルアーキテクチャ(CNN、Transformer Encoder)を示す模式図。各モデルの構造要素とデータフローの経路を図示。計測インフォマティクスにおける生成モデル活用。

図1. XRDスペクトル解析のための機械学習アーキテクチャ: 畳み込みニューラルネットワーク(CNN)、トランスフォーマーエンコーダ(T-encoder); 著者作成

CNN–MLPハイブリッドモデルによる物性予測

CNN–MLPモデルは、回折パターンから得られる結晶構造の特徴情報を抽出するCNNと、得られた特徴量を用いて材料の物性値を予測する多層パーセプトロン(Multi-Layer Perceptron: MLP)を組み合わせたハイブリッド型のアプローチです。この手法は、バンドギャップ、形成エネルギー、相安定性など、材料のマクロスケールの物性をXRDデータから直接推定することが目的です。

CNNによって回折パターンから局所構造の情報を抽出し、MLPにより元素組成など追加情報を融合させることで、ミクロ(結晶構造)とマクロ(材料特性)な情報間の相関関係をモデルが効率的に学習できます。材料設計や新規材料探索など、構造と物性の関係性が重要となる応用分野で特に有用です。

X線回折解析のための機械学習モデルアーキテクチャを示す模式図。多層パーセプトロン併用型CNN(CNN-MLP)。各モデルの構造要素とデータフローの経路を図示。計測インフォマティクスにおける生成モデル活用。

図2. XRDスペクトル解析のための機械学習アーキテクチャ: 多層パーセプトロン併用型CNN(CNN-MLP); 著者作成

変分オートエンコーダ(VAE)

変分オートエンコーダ(VAE)は、教師なし学習に属する機械学習技術であり、入力される高次元のXRDパターンを、情報の損失を最小限に抑えながら、低次元の潜在空間(latent space)へ圧縮し、その圧縮された表現から再び元のXRDパターンを復元することを試みます。

VAEの最大の利点は、この低次元の潜在空間が、データの背景にある本質的な分布を効果的に表現しうる点です。この潜在空間を利用することで、データの可視化、異常検知(アノマリー検知)、試料の分類やクラスタリングが可能となります。また、VAEにより発見された潜在的な特徴は、人間の目では捉えにくいパターンや隠れた相関を明らかにし、新材料や未知の相の探索に対しても有効です。

X線回折解析のための機械学習モデルアーキテクチャを示す模式図。変分オートエンコーダー(VAE)。各モデルの構造要素とデータフローの経路を図示。計測インフォマティクスにおける生成モデル活用。

図3. XRDスペクトル解析のための機械学習アーキテクチャ:変分オートエンコーダー(VAE); 著者作成

従来法と機械学習法の比較

機械学習に基づくXRD解析手法を実際に採用する際、どの手法がどのようなシナリオに適しているかを正確に理解することが重要です。本章では、これまで紹介した手法を、処理速度、多相対応能力、解釈性、スケーラビリティの4つの視点から比較検討します。また、各手法の特長を明示することで、課題に対してどの手法を採用すべきかの指針を提供します。

比較評価のための基準

  • 処理速度
    • 大量またはリアルタイムに生成されるデータに対して、どれだけ迅速に結果を導けるか。
  • 多相対応能力
    • 複数の相が重なるような複雑なピーク構造を持つ試料の解析能力。
  • 解釈性(Interpretability)
    • 結果が明確な物理的意味を持つか、もしくはブラックボックス的で解釈困難であるか。
  • スケーラビリティ(Scalability)
    • 膨大なデータ量を効率的に処理できるかどうか。

下表は、これらの基準に基づいて伝統的手法とML手法を比較したものです。(◎ 非常に高い、◯ 中程度・良好、△ 限定的・低い)

手法

処理速度

多相対応能力

解釈性

スケーラビリティ

特筆すべき特長

手法

リートベルト解析 

△ 遅い

△ 限定的

◎ 非常に高い

△ 限定的

詳細な結晶構造情報が得られる

リートベルト解析 

サーチマッチ法 

◯ 高速

△ 低い

◯ 中程度

◯ 中程度

既知相における迅速な相同定

サーチマッチ法 

CNN

◎ 非常に高速

◎ 非常に高い

△ 中程度〜低い

◎ 高い

高スループット分類や迅速な多相解析に適する

CNN

Transformerエンコーダ

◯ 中程度

◯ 高い

△ 低い(ブラックボックス)

◯ 中程度

長距離相関を捉え、グローバル構造の把握に優れる

Transformerエンコーダ

CNN–MLPハイブリッド

◯ 中程度〜高速

◯ 高い

◯ 中程度

◯ 中程度〜高い

物性予測などの回帰分析に優れる

CNN–MLPハイブリッド

変分オートエンコーダ (VAE)

◯ 中程度〜高速

◯ 中〜高い

△ 低い〜中程度

◯ 中〜高い

教師なしのクラスタリングや異常検知に強み

変分オートエンコーダ (VAE)

各手法を選択する際のガイドライン

  • 大量データ処理
    CNNが適しています。ピーク分類や迅速な相同定が必要な場合に特に有効。
  • 未知相の同定や複雑な材料解析
    CNNまたはT-encoderが適しています。特にT-encoderは、局所的ではないグローバルなピーク構造の理解に優れているため、未知の構造が絡む複雑な材料系での利用価値が高いです。
  • 構造物性相関の予測・分析
    CNN–MLPハイブリッドモデルが最適。材料設計や物性予測(例:形成エネルギー、バンドギャップ、安定性)で高精度な結果が期待できます。
  • 未知データの探索・クラスタリングや異常検知
    変分オートエンコーダ(VAE)が最も適しています。データ内の隠れた相関や未知のトレンドを探索するのに役立ちます。
  • 詳細な結晶構造を高精度に決定したい
    リートベルト解析が依然として最も信頼できます。ただし、多相系や高速処理には不向きです。

結論

X線回折(XRD)解析の世界は、近年の材料科学の進展に伴い、さらなる複雑さと多様性を持つようになりました。新規材料の登場、複雑な相を含む材料系の増加、高スループット分析への要求、リアルタイムデータ処理へのニーズといった変化が、従来の解析手法に大きな課題を突き付けています。

こうした課題に対処するため、機械学習を利用した新しい解析手法が登場し、XRD解析の可能性を大きく広げつつあります。本稿で解説したように、CNN、T-encoder、CNN–MLP、VAEといった手法はそれぞれ異なる強みを持ち、従来手法で扱うのが難しかったシナリオに対して解決策となりえます。

しかし重要なことは、こうした新技術が登場したからといって、従来の手法が完全に置き換えられるわけではないという点です。リートベルト解析は依然として、特に単相あるいは比較的単純な材料系における精密な結晶構造解析においては非常に高い信頼性を誇っています。また、サーチマッチ法も既知の材料系の迅速な相同定においては今後も一定の役割を担います。

したがって、XRD解析の未来は、従来型の物理モデルに基づいた解析手法の高い解釈性と、機械学習による高速処理および複雑データ処理能力の融合、すなわち「ハイブリッド解析手法」の発展にあると考えられます。このハイブリッドアプローチは、それぞれの手法の長所を生かし、短所を補完するものです。

  • 大量データセットの迅速かつ効率的な解析
  • ピークが複雑に重なり合った多相材料の正確でロバストな同定能力
  • 実験時に発生するノイズやひずみといったアーティファクトに対する頑健性
  • 新規材料・未知相の迅速な探索および同定能力の向上
  • 材料のミクロ構造とマクロ物性(性能)を結びつける予測能力の強化
  • 柔軟で適応的(adaptive)な実験戦略を立てるためのデータ駆動型意思決定支援の実現
  • etc.

こうした技術がさらに成熟するにつれて、XRD解析は従来以上に高速かつ正確になり、研究者だけでなく産業界の技術者にとってもアクセスしやすい解析ツールとして拡がります。特にAI技術の進化に伴い、今後ますます高度な機械学習モデルが開発され、XRD解析の自動化、迅速化、精度向上がさらに進展することが期待されます。

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