マテリアルズ・インフォマティクス(以下MI)は研究開発を革新する技術として語られ、研究開発DXの一環として数々のメーカーがその実践に取り組んでいます。先進的な企業や部門では手法として定着しつつある中で、MIという技術をいかに長期的な研究開発戦略に組み込めるかが今後の競争力に繋がると予見され、研究開発戦略におけるMIの位置付けが様々なメディアで語られています。
本記事では、研究開発の中でも特にデータ獲得という営みに焦点を当て、MIの価値や長期的な戦略にいかに紐づけるかを語っていきます。
研究開発におけるデータ獲得戦略
まずは本記事のタイトルに据えている「データ獲得戦略」という言葉の、本記事における意味を下記で定義します。
「データ獲得戦略」とは: 研究開発において重要度の高いコンポーネントであるデータを、いかに「良質に」「広い範囲で」「効率よく」場合によっては「大量に」取得するか、それによっていかに成果を創出するかを考えるフレームワーク。
データ獲得戦略の重要性は定義を読んだだけでもご理解頂けるとは思いますが、以降MIと絡めた考え方を語っていくため、データ獲得戦略を意識した研究開発体制を敷く事でもたらされるメリットを最初に言語化し、目線を揃えておきましょう。
- 均質で比較可能なデータが取得されるため、比較検証による知見を増大できる。
- 広範なデータを取得する事により、成果創出が可能な領域を拡張できる。
- 1, 2のデータを効率的に取得することで、他社に先んじて成果を創出できる。
このように重要性の高いデータ獲得という営みが、そもそも何故成果に繋がっているのか、そしてMIがデータ獲得にどのような影響を及ぼすかについて、以下でお話しします。
データが成果を創出する流れと、2つのデータ獲得様式
データ獲得の重要性は上述した通りですが、データの獲得が成果に繋がる流れをまず言語化してみます。前提としてここで言う成果とは、所望の材料や製品といった現物や、特性間の関係性といった求めていた知見などを指します。
- 成果に向けてデータを獲得・蓄積する。
- 蓄積したデータを比較検討して、獲得したデータに対する知見を創出する。
- 得られた知見を元にデータ獲得計画を修正する。
- 1-3の繰り返しにより成果を得る。
つまり目的とする成果(新製品や知見)に対し、データ獲得と分析を繰り返すわけです。
ここで成果創出に対してデータが持つ役割は「知見の創出」になります。すなわち、データ自体が意味を持つのではなく、データを研究者が考察して知見を獲得する事が成果に繋がるわけですね。翻って、知見の創出を最大化するようなデータ獲得様式は、創出する成果を最大化する要因になり得ます。
さらにここで、データ獲得自体を抽象的に捉えてみましょう。
データを獲得する方法は、既存のデータ領域に対してどこのデータを獲得するかという観点で、「内挿」と「外挿」の2つに分けられます。内挿は獲得済みのデータ領域の内部でデータを獲得する方法。そして外挿は既存のデータ領域外を探索してデータを獲得する方法です。
一般的な研究開発では、これまで自社ラインナップや世の中になかったものを探索して、新製品や新規格を生み出す事が目的となるため、既存のデータ領域外を探索する「外挿」を開発序盤で行い、拡張された既存の領域に対して「内挿」を行う事で目標の追い込みを行うことが多いです。
つまり、外挿的なデータ獲得は「研究テーマや事業における既知のデータ領域を拡張する営み」であり、内挿的なデータ獲得は「既知のデータ領域の密度を高くして獲得出来る知見を増やす営み」とも言えます。(図1)
図1 データが成果を創出する仕組みと、2つのデータ獲得様式
すなわち長期的には外挿→内挿の流れを辿り、短期的にはデータ獲得→知見創出のサイクルを繰り返して成果物を探索するわけですね。
MIがデータ獲得をどう変えるか
お待たせしました、ここでようやくMIの登場です。
ここまでのセクションでは、データ獲得の重要性やその方法論、そして成果に結びつく流れをお話ししましたが、以降はMIの導入でデータ獲得様式がどう変わるか、そしてどう成果に結びつくかをお話します。
まず結論から申し上げると、MIを導入すると成果を獲得する速度が上がります。その理由はMIがデータ獲得に対して下記の効果を発揮するためです。
- 未知のデータ領域に対する外挿的なデータ獲得を効率化する。
- 切り出したデータ領域に対して創出する知見を増大させる。
上記の効果についてはまず一般論として受け入れて頂く必要があります。
その上で、MIが上記の効果を発揮すると、なぜ成果獲得速度の向上に繋がるのかをお話しします。
研究開発においては外挿→内挿の順でデータを獲得しますが、テーマや事業によって、まずは全体の一部分を切り出し、その中の既知の領域を見た上で外挿探索を行うか、内挿するかを検討する事になります。(図2a)
その際、切り出した領域内で既知の領域が広ければ広いほど外挿探索を行う時間が短くなり、早く内挿検討に移れる訳です。内挿検討ではデータの関係性などの情報や知見もあるため、外挿探索よりも比較的「わかりやすい」検討を行う事が可能です。
したがって、既知のデータ領域が広ければ、それだけ切り出した領域の中で外挿探索を行う手数を減らす事ができ、結果的に成果獲得速度が向上するわけです。(図2b)
そして上記でお伝えしたとおり、MIは効果のひとつとして外挿探索を効率化するため、切り出した領域の中で既知の領域を可能な限り少ない手数で拡大できます。つまり、研究者が開発を行う中でMIを活用すると、少ない手数で必要な外挿データが収集されつつ既知の領域が拡大するのです。(図2c)
図2 従来型とMI活用におけるデータ探索の特徴
データ獲得における広がり方の一つの理想系は、既知の領域を効率的に広げ、可能な限り多くのテーマで外挿検討の時間を少なくする状態です。そうする事で、新規でテーマを立ち上げた際に過去のデータを活用して早期に成果を創出できます。
故に、既知の領域を効率的に広げる手札であるMIは、成果獲得速度を向上させるのです。
MIを活用した成果創出には研究者の存在が不可欠
ここまではデータ獲得とMIという観点でお話しましたが、MIを活用してデータ獲得様式を変えただけでは効率的にデータが増えるだけです。それだけでも十分すごいのですが、成果に繋げるためには研究者が獲得したデータを分析・理解する事で知見を生み出し、その知見を元に改めてデータを獲得する必要があります。
MIはここで、従来手法で扱い切れなかった量のデータを分析したり、見えていなかったデータ間の関係性を明らかにする事で知見を増大する事に役立ちます。更に既知の領域を複数接続する事で新たな発見に繋げる事も、場合によっては可能です。
とはいえMIはあくまで手段である事を忘れてはいけません。
上記の話を聞くと、まるで魔法の杖や万能の解析手法のように思えるかもしれませんが、効果を十分に発揮するには研究者が過去の知見と融合して使いこなす事が必須です。解析のための領域をいかに切り出すかに加え、出てきたデータの解釈、過去の知見や文献情報との接続などにも研究者の知見が必要になってきます。
逆に言えばMIによって得られる知見を最大化する事で、次の解析ではその最大化された知見やノウハウも活かす事ができ、相乗効果を期待出来るとも言えるでしょう。
まとめると、研究者はMIを活用してデータを分析・理解する事でこれまで得られなかった知見を獲得でき、それらも含めた研究者の知見が生かされる事で成果創出に繋がるのです。
MIの導入で変わるデータ獲得戦略
さて、MIの導入によるデータ獲得の変化や、研究開発におけるMIの価値はご理解頂けたでしょうか。
最後に、MIの導入でデータ獲得戦略をどう考えるかをお話しして本記事を締めます。
冒頭の定義の通り、データ獲得戦略は『データをいかに「良質に」「広い範囲で」「効率よく」場合によっては「大量に」取得するか、それによっていかに成果を創出するかを考えるフレームワーク』です。ここまでで、MIの効果の一端によりデータを広い範囲で効率よく取得でき、知見やノウハウと融合して使いこなす事で成果創出を早期化するとお話ししました。
すなわちMIを導入し、研究者が使いこなせる状況を作り出す事でデータ獲得戦略の半分は高いレベルで実現出来るわけです。
しかし、データの「質と量」を担保する手段とは言い切れません。ここから先はより多くの研究者がMIに適応することや、取得するデータの規格化、ラボオートメーションの導入など様々な要素を検討する必要があり、各企業の戦略性が試される部分です。更に、高いレベルで実現したデータ獲得戦略を「維持する」事も忘れてはいけません。上述の通りMIの導入だけでは片手落ちで、研究者の知見を融合する必要があります。ドメインだけでなくMI解析に関するノウハウなど、成果に結びつく知見は種々ある中で、どれも研究者の頭の中だけに存在していては属人化を免えません。
つまり研究者が獲得したノウハウをいかに生かし、遺し、繋いでいくかが重要なのです。
ここまでお話しした通り、MIはデータ獲得戦略を高いレベルで実現させる手法でありながら、あくまで手段でしかありません。
MI-6はMIを各研究者が使いこなせるプロダクトやサービス、ノウハウを蓄積・共有出来るプラットフォームを提供することで「片手落ちの戦略」にならない支援を行っています。上述した質と量に対する打ち手も、検証段階ながらもご相談・サービス提供できる可能性がございますので、ご興味がお有りでしたら是非お問い合わせください。