MI-6株式会社では、マテリアルズ・インフォマティクスに特化したカンファレンス「MI Conf 2024 - Materials Informatics Conference -」(以下、MI conf 2024)を2024年9月30日に開催いたしました。
MI Conf 2024において、JSR株式会社リサーチフェローの大西裕也氏が、「MI推進のアンチパターンとその回避方法」をテーマに講演を行いました。材料開発にデジタル技術を活用する「マテリアルズ・インフォマティクス(MI)」の導入と普及を進める中で直面する課題や、成功のための戦略について、大西氏は豊富な事例を交えながら解説しました。本記事では、講演の主要なポイントを整理し、MI推進の成功に向けた示唆を共有します。
大西 裕也
Yuya Onishi
JSR株式会社 リサーチフェローRDテクノロジー・デジタル変革センター マテリアルズ・インフォマティクス推進室 次長
2009年 京都大学大学院工学研究科分子工学専攻 博士課程修了。フロリダ大学、イリノイ大学博士研究員を経て、神戸大学大学院システム情報学研究科にて特命助教、助教。
2017年 JSR株式会社入社。専門は、量子化学、計算化学。マテリアルズ・インフォマティクスに関し、社外協業を通じた先端技術の獲得と社内ワークフローへの実装を推進。量子コンピュータに関する研究にも従事。
背景:MIとアンチパターンの定義
大西氏は冒頭で、「MI(マテリアルズインフォマティクス)」と「アンチパターン」の定義について説明しました。JSRにおけるMIとは、「デジタル技術を活用して材料開発を加速させる取り組み全般」を指し、これを事業支援やR&Dの日々のワークフローに実装することを「MI推進」としています。その目的は、実験計画、データ取得、分析のサイクルを効率化し、迅速に回せるデジタルツールを構築することで、顧客体験の最大化を図ることにあります。この取り組みは「R&Dのデジタライゼーション」として位置づけられています。
一方、「アンチパターン」とは、MI導入における失敗要因を指す言葉で、特に「ユーザーが定着して使い続けない状態」を意味します。講演では、MI導入に失敗した事例と成功した事例を比較し、学びを共有することで、企業が陥りがちなアンチパターンを回避し、持続可能な成果を得るための道筋を示しました。
アンチパターン:失敗から学ぶ教訓
MIプロジェクトが失敗する原因として、典型的な「アンチパターン」を挙げ、それらの回避方法を共有しました。
1. 基本要件の軽視
安定性や安全性、毒性評価などの「当たり前品質」が十分に満たされていない状態でプロジェクトを進めると、ツールが現場で定着せず、失敗に終わることが多いと述べました。「魅力的な機能に注力するあまり、現場で求められる基本要件が後回しになると、いくら先進的でも受け入れられません」と強調しました。
2. Nice-to-haveへの偏り
現場からの「こんな機能があったら便利」という要望に応えるだけでは、プロジェクトが「Nice-to-have(あれば便利)」の域を出ず、「Must-have(不可欠)」なツールとして定着しません。この状態では、プロジェクトが停滞し、長期的な成果につながらないことが多いと述べています。
3. 継続しないプロジェクト設計
短期的なテーマに集中しすぎると、十分なデータが集まらないままプロジェクトが終了するリスクがあります。一方で、長期テーマでは方向性が変わり、プロジェクトが自然消滅する場合もあるため、適切な期間設定が重要です。
成功のためのアプローチ
アンチパターンを踏まえ、MI推進の成功のための具体的なアプローチを次のように提案しました。
1. 現場と経営層の連携
MIプロジェクトを成功に導くには、現場と経営層の連携が不可欠です。現場のニーズを反映したツール開発と、経営層による十分なリソース提供の両輪が必要です。また、失敗データを含む計画立案や実験サイクルの設計には、管理職や経営層の合意が不可欠です。「現場と経営層の対話を通じてゴールを共有することで、プロジェクトが前に進む」と語りました。
2. スケーラブルな仕組みの構築
クラウド技術やAPIを活用し、実験データを自動的に集約・分析できる仕組みを整えることで、研究者個人に依存しない体制を作ります。既存ワークフローに新たなデータ取得プロセスを追加する際の工夫として、既に電子化されている部分から着手することを推奨しました。
3. アジャイル開発と継続的な成果提示
長期的なプロジェクトでは、2週間単位の進捗確認など、小さな成果を定期的に共有することが重要です。これにより、関係者間の認識のズレを防ぎ、モチベーションを維持します。また、研究者をアジャイルチームに組み込み、ユーザーストーリーを反映した迅速な改善を行うことで、プロジェクトの柔軟性を保つことが可能です。Must-haveへの集中と迅速な方向転換によるユーザ体験の最大化に繋がります。
未解決の課題と問いかけ
講演の最後、大西氏はMI推進における未解決課題として、次のような問いかけを投げかけました。
「長期テーマで材料開発の注力点がシフトし、プロジェクトが消滅した場合、それは仕方のないことだったのでしょうか?それとも、普遍的なテーマを設定すべきだったのでしょうか?」
また、「汎用的で普遍的なテーマ」と「自社特有で普遍的なテーマ」の違いや、それぞれが抱える課題についても議論の必要性を指摘しました。例えば、前者は専用ソフトウェアの購入が合理的な場合が多い一方、後者は高い難易度を伴うため、データ収集や新たな測定方法が必要になるケースが多いと述べました。
編集部メッセージ
本記事で取り上げた内容は、JSR株式会社の大西裕也氏が長年にわたりMI推進に携わり、試行錯誤の中で積み上げてこられた貴重な知見に基づくものです。MIという新しい領域で先駆者として挑戦し続けてきたその姿勢と、失敗からの学びや洞察をひろく共有するその懐の深さに、深い敬意を表します。
大西氏の講演は、現場で奮闘するMI推進者や研究者、経営層まで、幅広い立場の参加者にとって多くの示唆を与えるものでした。MIがMust-haveとなる状況を設計する。長期的な目線を持ち、経営層との連携を通じた合意形成とリソースの確保に努める。スケーラブルで継続可能な仕組みとプロジェクトマネジメント手法を構築する。これらを押さえることで、MIは組織全体に浸透し持続的な価値を生むことが可能になる。こうしたメッセージを、実体験を踏まえて分かりやすいストーリーで語っていただきました。また、最後の未解決課題については、各社なりにそれぞれの解を模索する必要があるものかと思います。miLabとしては、知見の共有を通じて、その答えを見出していくサポートをしていきたい所存です。
MIConf2024の場で共有された大西氏の知見が、これからMI推進に取り組む全ての企業にとって価値ある指標となることを願うとともに、大西氏の今後のさらなるご活躍を心よりお祈り申し上げます。