当社におけるMI導入の背景について
近年、材料を取り巻く環境は大きく変化し続けています。当社でも、石油などの原材料価格の高騰や原材料の品種統廃合の影響を受け、代替材料の探索に関連する研究開発が増加しています。その一方で、市場の要求性能の高度化により開発難易度が上昇し、開発期間が長期化するという課題も顕在化していました。そのため、開発業務の生産性向上が急務となり、研究開発DXの取り組みが約4年前に本格化しました。
数ある研究開発DXの選択肢の中からMI(マテリアルズ・インフォマティクス)を導入することに決めたのは、長年蓄積してきた材料組成や配合情報などのデータをより効果的に活用したいと考えたからです。しかし、導入当初は、私自身も含め社内にMIの知識や経験を持つ人材は皆無で、データサイエンスの知識を持つ人材がいない状態でした。実を言うと、MI専用のツールが存在することすら知らない段階からのスタートでした。そのため、データサイエンスの知識とスキルを持つ人材を新たに1名採用し、まずはそのスタッフを中心にMIの基礎知識を学ぶことから始めました。
MI導入時の苦労
MIに取り組み始めた当初は、「本当に活用できるのか?」という漠然とした不安がありました。そこで、まずはデータサイエンスの知識を持つスタッフを中心に社内勉強会を開催し、MIの基礎知識を習得しながら、内製化を目指してプログラミングにも挑戦しました。しかし、限られた時間の中でMIを内製化することは困難であると判断し、社内で議論を重ねた結果、MIツールを導入し、本格的に活用する方針に切り替えました。
MI導入で最も苦労したのは、データベースの整理です。大量のデータを保有していたものの、保管場所の分散、表記のばらつきなどがあり、機械学習にそのまま使える状態ではありませんでした。データの重要性は認識していたものの、フォーマットの統一や材料名の統一には予想以上に時間がかかり、整理作業に約半年を費やしました。
また、MIに取り組むための時間の捻出も課題でした。私自身が十分な時間を割くことが難しかったため、開発経験のある人材とデータサイエンスの知識を持つ人材を組み合わせ、タッグを組んで進めることにしました。私は、彼らがMIを活用して得た結果の報告を受けることで、短時間で必要な知識を習得することができました。さらに、機械学習の重要性を社内で積極的に発信し続けたことで、MI活用に前向きなチームメンバーが多くなり、短期間で成果を出すことができました。
MI導入のアプローチと効果的な進め方
MI導入の初期段階では、機械学習に対する不安を払拭することが重要だと考えました。そのため、まずはある程度結果が予測できる30〜40件程度のデータを用いて解析を行い、狙い通りの結果が得られることを確認しました。さらに、事前の解析結果と実際の実験結果が一致したことで、MIの有効性を確信し、そこから徐々にデータ数を増やし、より難易度の高いテーマへと適用範囲を拡大していきました。
最初から難しいテーマや大量のデータで進めるのではなく、小さな領域から始めて効果を実感しながら適用範囲を広げていくことで、不安なく自信を持って取り組むことができました。ウェビナーで紹介した事例では、長年開発に携わってきたテーマであったため、配合を見ただけで良し悪しを判断できたことも、MIの成果につながった要因だと考えています。
MI導入がもたらした成果
MIの導入によって、大きな成果を得られたことはもちろん、開発業務の進め方そのものが変化しました。例えば、過去の自分の開発データだけでなく、他の研究者が取り組んだデータも活用できるようになったことは、MI導入の大きな成果の一つです。これにより、失敗データも将来の開発案件に活かせる可能性が高まり、データ蓄積のモチベーションも向上しました。
従来は、開発者の勘や経験に頼る部分が大きく、過去の成功体験に縛られて堂々巡りになることもありました。しかし、MIを活用することで、客観的にデータを俯瞰できるようになり、開発の質が向上し、時間短縮にもつながりました。 ただし、「なぜその結果が得られたのか」を考察する姿勢はこれまで以上に重要であり、MIの活用においても決して軽視できないポイントです。
MI導入を通じて、若手研究者の育成にも新たな視点が生まれました。 例えば、熟練の研究者と若手研究者が「なぜこの配合が選択されたのか」を共に考察することが重要であると考えています。私自身も、MIを活用するにあたり、これまでの配合検討で培った知見をどのようにMIに反映させるかに重点を置きました。特に、マスターデータに用いるデータの選定では、過去の配合データを参考にしながら、新たな材料探索を進める手法を取り入れました。
MIは、研究開発のプロセスを革新する可能性を秘めていますが、導入には一定の工夫が必要です。 研究者としてのキャリアが長くなるほど、忙しさから新しい解析手法を取り入れる時間が取れないという声もよく聞きます。しかし、取り組みやすいテーマを選び、最初から完璧を求めすぎないことで、MI導入のハードルは下がり、早期に成果を得ることが可能です。
小さな成功を積み重ねることで、最終的には大きな成果につながる。MI導入はまさにその好例です。 これからMI活用を検討している方々には、ぜひ、まずは小さな領域から試し、実際に効果を実感しながら活用を広げていくことをおすすめします。
今後の展望
来年度は、まず自部署内でMIを積極的に展開し、解析ができる人員を増やしながら、活用事例を蓄積し、実績を積み上げていきたいと考えています。特に、比較的取り組みやすい既存品の改良開発や材料代替はMIを活用することで、より創造的な業務に時間をかけられるようにしていくことが目標です。具体的には、新規材料の探索や新分野開拓といった将来を見据えた開発に注力できるよう、開発プロセスを再構築していきます。
一方で、MIの全社展開にはいくつかの課題が存在します。当部では、これまでの開発方針として、材料組成と性能の関係を考察する教育を徹底してきました。その結果、開発に必要な材料データが豊富に蓄積され、配合シートの共通化や評価試験方法の標準化、結果の数値化などが進んでいます。しかし、他部署ではこうしたデータ管理が十分に進んでいないケースもあり、特に合成をメインとする部署ではMIを活用する基盤が異なるため、導入には工夫が必要だと感じています。MIの活用によって、開発業務の効率化や品質向上に革新的な改善が見られることを実感しているため、当部での経験や共通基盤を土台に、他部署への横展開を進めていくことが重要と考えています。今後は、MIの全社展開に向けて、他部署のサポートも積極的に行い、組織全体でデータ駆動型の開発体制を整えていきたいと考えています。多くの企業がデータ整備に課題を抱えていると聞きますが、これをクリアすることで、MI導入の効果を最大限に引き出すことができるはずです。
これからMIの導入を検討されている方には、まずは小規模な領域から試行し、効果を実感したうえで徐々に適用範囲を広げていくことをお勧めします。 そして、MIはあくまで開発をより良くするための一つの手段であり、最も重要なのは、「なぜその結果が得られたのか」を考察する姿勢を忘れないことだと考えています。データの蓄積と活用を進めながら、より高度な研究開発の実現に向けて挑戦を続けていきます。